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2011.03.31

今日のみ言葉【No.11】(2011年 3月31日)

「わたしが悩みのなかから主を呼ぶと、主は答えて、わたしを広い所に置かれた。」(詩篇118:5)

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トモダチ作戦(Operation Tomodachi)と名付けられた災害救助活動をアメリカ軍が行っています。特筆すべきは、空母から積み込んだ支援物資をヘリコプターが孤立した被災地に届ける方法です。

何と、国や自治体等の行政とは無関係に、パイロット自身が上空から目視で被災者を探し、水・食料・燃料等の物資を届けていくです(2011年3月31日NHKラジオニュース)。

ヘリを呼ぶために必要なことは、外に出て手を振り合図をすること、また、「SOS」の文字を地面に大きく描いておくこと、等のアピールです。

どんなにあなたを助ける用意が出来ていても、あなた自身が助けを呼び求めなければ、用意されていたものが無駄になってしまいます。

神はあなたが呼び求めること、神に祈ることを待っておられます。呼ばなければ答えない、という意地悪な方だということではありません。「きっとこの方は私を救い出して下さる」という信頼を込めた祈りを、神は待っておられるのです。

その時、悩みという狭い場所から、平安という広い場所へ私たちが移されているのを知ることでしょう。

今日もあなたの叫びに答えられる神にお願いして参りましょう。

2011.03.30

今日のみ言葉【No.10】(2011年 3月30日)

「だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。

(マタイによる福音書6:34)」
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今日一日の苦労だけをする、という明確な決心を持たなければ、3倍の重荷を抱えながら毎日を生きることになります。

その重荷とは、

1つ目は、昨日までの後悔です。
「ああすれば良かった…」、「何でこんな事をしたのだろう…」

2つ目は、誰でも負う今日一日の苦労です。

3つ目は、明日への不安です。
「このまま行ったらどうなるのだろう…」、「何かとんでもないことが起きるのではないか…」

どんなに強い人でも、毎日3日分の重荷を背負っていたら、疲れ果て、倒れてしまいます。

キリストは、「一日の苦労は、その日一日だけで十分である」と私たちの負う重荷を制限して下さっています。これは神の保証です。

もちろん将来の計画を立てることは必要です。しかし、自分の手の中にない明日を不安がったり、もう手の届かない昨日を後悔することはやめなさい、それはせっかくの今日を損なうことになる、と、神は聖書を通して私たちに語っていて下さるのです。

今日一日の終わりに、「今日はこれで十分だった」と安心して眠りにつけるように、神様は配慮して下さいます。明日のことは神に任せて、今日を生きて参りましょう。

2011.03.29

今日のみ言葉【No.9】(2011年 3月29日)

「弱った者には力を与え、勢いのない者には強さを増し加えられる」
(イザヤ書40:29)

神は私たちに力と強さを与えて下さるお方です。しかし、その前に、自分の弱さと勢いの無さを自覚する必要があります。なぜでしょうか?それは、自分の力と我力が増えることではなく、私たちの内に備えられている神の力を体験するためです。

山形県の養鶏家で、ニワトリに2週間の断食をさせる方がおられます。その間、ニワトリたちはなぜエサを与えられないのか分からず、しかもこの苦しさがいつまで続くのか分からない不安の中に落とされます。

しかし断食が明け、4~5日もすると古い羽が抜け出し、若々しくみずみずしい羽と交代します。姿かたちはまったくの若鶏になっていくのです。それだけではなく、産み出す玉子も若鶏と違わないプリンとしたものに変わり、その後は断食をしないニワトリの2~3倍長生きし、卵を産み続けていきます。

これはニワトリの力ではなく、神が与えられた生命の力です。

私たちは今、精神的断食の中にいるのかもしれません。しかし、ここを通されて初めて、自分の弱さと無力さに気づき、自分のものではない神の力を体験することが出来ます。

神の強さの中で今日一日を過ごして参りましょう。

2011.03.28

今日のみ言葉【No.8】(2011年 3月28日)

「ペテロが言った、『金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい。』」(使徒行伝3:6)

失ってみて初めて、自分にあるもの、残されているものが分かります。そしてそれは神様が用意して下さった人生の宝物です。

阪神・淡路大震災の被災者でもあった落語家の桂文珍さんはこう語ります。

「家が半壊して、3日目に寄席に出た。こんな状況で何が出来るかと思ったが、夢中でやったら、みんなが笑ってくれ、お互いに励まされた。ああ、オレには落語しかない。これしかできんのやと思った。落語家人生の分岐点でした」(読売新聞2011年3月27日付)。

「落語」という部分を、ご自分の何かに置き換えてみたらいかがでしょうか。金銀も安定も無くとも、神がわたしたちに与えた「私にはこれしかない」というものをきっと見つけることができるでしょう。その時から、人生に手ごたえが感じられるようになります。そして、神が既に用意されていた道が開かれているのを目にすることでしょう。

イエス・キリストの名の力によって今日も立って歩いて参りましょう。

2011.03.27

今日のみ言葉【No.7】(2011年 3月27日)

『あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起こさせ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神のよしとされるところだからである。
(ピリピ人への手紙2:13)

原子力発電所の事故により、佐藤彰師が牧会する福島第1バプテスト教会のメンバー50人が、現在、米沢市のミーコ記念ホールに集団避難されています。数々の奇跡によって助けられ、日常生活を取り戻しつつあることがホームページを通して知られます。
http://f1church.com/

佐藤師とて人間、失望や突然の脱力感、体調不良に見舞われたそうです。しかし、地震から2週間過ぎて、こう語っておられます。

「ここにきて少しずつ本気で、震災に遭遇する牧師として選ばれ、教会もあらかじめ原子力発電所の足元に置かれたのだと意識し始めています。そう考えられる、心の状態になってきました。」

予定されていた、横浜・東京の伝道集会や被災報告の集まりに行く、という思いが与えられ、各地に散らばっている教会員の方を訪問しようという願いも起こされています。神は佐藤師の心に働きかけ、実現に至らせようとしておられるのです。

神の働きかけに今日も素直に聞きしたがってまいりましょう。

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