Home > 11月, 2011

2011.11.30

聖地イスラエル報告メール(3)

1nagekinokabe.jpg 2jerusalem.jpg 3jerusalem.jpg

「わたしは門である。わたしをとおってはいる者は救われ、また出入りし、牧草にありつくであろう。」
(ヨハネ10:9)

——————

エルサレムは石造りの街です。

家、石畳の道、壁が、数百年・数千年レベルの時のふるいにかけられながらも、今も使われて目の前にあります。

特にエルサレムは堅固な城壁で囲まれた街です。それは現地に行って初めて実感されるものです。

-*-*-*-*-*-*-

●画像1
有名な嘆きの壁です。エルサレム神殿の西側の壁でした。

高さ約20mですが、発掘の結果、イエス・キリスト当時の地面は実はこの下約10mにあることが分かりました。

従って、本当の壁の高さは約30mになります。

●画像2
石造りの家・壁・道路。異国情緒にあふれます。

-*-*-*-*-*-*-

●画像3
城壁には数カ所、このような感じの「門」があります。

街を守る城壁は相当堅固で、外部から敵が中に侵入することは到底できません。

では人々はどうやって出入りするかというと、この「門」からなのです。限られた数の「門」からしか出ることも入ることもできません。

それ以外の場所から神の都エルサレムに入るすべは一切無いのです。

しかし、門を見つけ、門に入る許しを得ている者は自由に出入りできます。

神の救いはイエス・キリストという門を通してのみ得られるとはこういう事なのだと実感いたしました。

-*-*-*-*-*-*-

明日は「からし種」の予定です。プレゼントのお知らせもあります。

乞うご期待(^^)/。

2011.11.29

聖地イスラエル報告メール(2)

2.jpg 1.jpg 3.jpg 4.jpg

「しかし、彼らをつまずかせないために、海に行って、つり針をたれなさい。そして最初につれた魚をとって、その口をあけると、銀貨一枚が見つかるであろう。それをとり出して、わたしとあなたのために納めなさい」。」
(マタイ17:27)

——————

イスラエルの食の巻です。

イスラエル人と言っても、全世界から多くの人種が集まって成り立っている国なので、日本人のように典型的な容貌があるわけではありません。

アラブ系の顔の人もいれば、ヨーロッパ系、アジア系の人…、様々です。

もちろん伝統的ユダヤの食事はありますが、一般的には様々な食文化が混在して中東色がやや強い食事になっているように見受けられました。

-*-*-*-*-*-*-

●画像1
レストランで数々のお皿に盛られた料理です。

●画像2
これを柔らかいパンに詰めて食べたり、浸して食べたり、自由です。日本のおいなりさんをイスラエル流にしたイメージです。

舌の上では「珍しい味」でしたが、中東独特の香辛料が胃袋には合わず、日本から持っていった胃薬を飲む羽目になりました。(^_^;)。

それでも効果はなく、最後の手段で梅干しを食べたところ、これで胃のむかつきがスッキリ解消!

日本人最強の食は梅干しだと実感しました(^^)。

-*-*-*-*-*-*-

●画像3
野菜、フルーツは豊富。果物おいしい!

パンはどこへ行ってもおいしかったです。屋台のお店で売っているのもおいしい。ハズレはありませんでした。小麦粉が良質なのかな?

-*-*-*-*-*-*-

●画像4
ピーターズフィッシュ、と英語で発音する「ペテロの魚」。

今日の聖句にある、銀貨をくわえたガリラヤ湖でとれるお魚です。

淡泊な味、とは聞いていたのですが、これは淡泊すぎます(+_+)!

日本から持っていった醤油をかけてもマヨネーズをかけても…、味がない!

同行の皆様と話しをして、「暖かく流れも激しくないガリラヤ湖で育った魚だからではないだろうか」ということになりました。

そういえば、寒い北の海で獲れるお魚は脂が乗っておいしいですし、潮の流れが急な海のお魚は身が引き締まっていておいしいです。

人間も、試練や困難の中におかれた人ほど味のある人間になるのではないか、と思わされました。

-*-*-*-*-*-*-

ではまた明日。乞うご期待。

2011.11.28

聖地イスラエル報告メール(1)

mizugame1.jpg mizugame2.jpg

「そこには、ユダヤ人のきよめのならわしに従って、それぞれ四、五斗もはいる石の水がめが、六つ置いてあった。」
(ヨハネ2:6)

——————

イスラエル聖地旅行から無事帰国致しました。皆様のお祈りに心から感謝致します。

今週の御言葉メールは、番外編としてイスラエルの画像を入れて様々なご報告をしていきたいと思います。

-*-*-*-*-*-*-

第1回目は、カナの婚宴で水がぶどう酒に変えられた水がめです(ヨハネ2:1-11)。

この水がめが何か模様のついた「陶器製の水がめ」だと錯覚していた人は私だけではないと思います。

しかし、聖書の当該個所ではちゃんと「石の水がめ」と書かれてあります。

実際にカナの土地に行って実物を見てみると、イメージしていたものとは全く違っていました。

画像を2つ添付致しました。大きいなー!

-*-*-*-*-*-*-

明日はイスラエルの食にまつわるグルメレポートの予定です(^^)。

2011.11.12

今日のみ言葉(2011年11月12日)【No.193】

「最後に、兄弟たちよ。いつも喜びなさい。全き者となりなさい。互に励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。平和に過ごしなさい。そうすれば、愛と平和の神があなたがたと共にいて下さるであろう。」
(第2コリント13:11)

——————

コリントにある教会は多くの問題を持った教会でした。

港町で大きな商業都市コリントには多種多様な人々が集まり、その中から救われた人たちも多種多様な価値観を持っていたからです。

パウロはコリント教会へ手紙を書き、教え、戒め、励ましを与えました。

その最後が今日の聖句です。

-*-*-*-*-*-*-

意見も考えも違う人たちと一緒の環境の中で、愛と平和の神がおられることを感じながら生きる秘訣が5つあります。

(1)いつも喜びなさい
救われた喜びを確かめることです。

喜びが失せる時は、じっと静まり、初めの愛に立ち返る時です。

-*-*-*-*-*-*-

(2)全き者となりなさい
完全な者を目指して生きることです。

私は以前、細い雪道の前をいちゃいちゃしながら歩いている高校生カップルに道をふさがれ、「全く何をやっているんだ!」と思いながら歩いていました。

次の瞬間、はたと気づきました。「私は何というヒマなことをしているんだろう!自分の精進をする方が先だ。」と知らされました。

-*-*-*-*-*-*-

(3)互に励まし合いなさい
人を励ますことと共に、自分も人からの慰めをこころよく受け入れることです。

慰めを必要とする自分の弱さを人に見せられること、それが強さでもあります。

-*-*-*-*-*-*-

(4)思いを一つにしなさい
皆の要求をかなえようと思っても無理があります。

何のために私たちはいるのか、という目標・目的をはっきりとさせることです。

-*-*-*-*-*-*-

(5)平和に過ごしなさい
人に勝とうとしないことです。

自分の正当性や優位性を証明しようとすると、上下関係のコミュニケーションになります。

直そうとする前にわかろうとすること。これが平和に過ごすための第一歩です。

-*-*-*-*-*-*-

愛と平和の神が共にいて下さることを信じつつ歩んで参りましょう。

-*-*-*-*-*-*-

※イスラエル聖地旅行に行くため、来週から2週間、み言葉メールはお休みをいただきます。28日から再開の予定です。

イスラエルから番外編メールをお届けできることを祈りつつ…。

2011.11.11

今日のみ言葉(2011年11月11日)【No.192】

「しかるに、神は感謝すべきかな。神はいつもわたしたちをキリストの凱旋に伴い行き、わたしたちをとおしてキリストを知る知識のかおりを、至る所に放って下さるのである。」
(第2コリント2:14)

——————

キリストのかおりを放つ秘訣は、「キリストの凱旋に伴い行き」という言葉から知ることができます。

凱旋とは、戦いに勝利し帰ってくることを意味します。

「世の欲・肉の願い・悪魔」という悪の三位一体とキリストは戦い、勝利されました。

そのキリストと伴って帰ってくると、勝利のキリストのかおりが周りに放たれるのです。

-*-*-*-*-*-*-

私たちは国家間の戦争に行くことはありませんが、生きることそのものが戦いです。

生まれた瞬間から、赤ちゃんは外気の細菌との戦いに巻き込まれます。

クリスチャン生活は霊の戦いですが、この戦いは主の戦いでもあります。

つまり、私たちが先頭を切って全ての責任を負い、采配をふるうのではありません。

私たちは部下となって、リーダーであるキリストの指示に従って動くのです。

-*-*-*-*-*-*-

生まれながらの姿ではあっさり敵にやられてしまいます。

祈りを通して聖霊に満たされ、御霊に属する人となりましょう。

-*-*-*-*-*-*-

神様は次の6つの神の武具を与えて下さいますから、しっかりと身につけていきましょう(エペソ6:14-17)。

(1)真理の帯(ベルト)
(2)正義の胸当(プロテクター)
(3)平和の福音の備え(サンダル)
(4)信仰のたて(シールド)
(5)救のかぶと(ヘルメット)
(6)御霊の剣(神の言)

クリスチャンの戦いは、敵に背を向けた時に敗れます。

なぜなら、神の武具は全て体の前面を守るものだからです。

敵に背を向けることなく、前進していきましょう。

-*-*-*-*-*-*-

キリストのかおりは自分が放つものではなく、いつの間にか放たれているものです。

正々堂々と前を向いて今日の戦いに立ち向かって参りましょう。

Next »