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2012.08.31

今日のみ言葉【No.386】(2012年 8月31日)

わたしは、更に進んで、わたしの主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、いっさいのものを損と思っている。
(ピリピ3:8)

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この夏、海外で「遠くが見えなくなるメガネ」が販売されたそうです。

ある距離までは普通に見えるのですが、そこから先はぼやけて見えないようにレンズに特殊処理が施されています。

販売対象者は、超宗教的なユダヤ人男性。

つまり、お肌が露出される夏、女性の姿を見て刺激され、罪を犯さないように、という目的だそうです。

現在も律法を守ることに厳格な人たちが普通に存在しているのです。

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今日の聖句はパウロという人物が言うことによって重みを増しています。

彼は当時の最高レベルの学問を修め、律法を厳しく行うパリサイ人で、その行動には落ち度がありませんでした。

その彼が、キリストを知る知識に比べたら、自分が身につけた一切は損であった、と言うのです。

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パウロが求めていたものは、どうやったら神の前に正しく生きられるか、ということでした。

律法に反する者に対する神の怒りは大きく、厳しく裁かれ、滅びていきます。

自分がそのようにならないために、律法という規則を忠実に守る生き方をしていたのです。

パウロがもし21世紀の今生きていたら、きっと「遠くが見えなくなるメガネ」を真っ先に買ったことでしょう。

しかし、彼のそのような血みどろの努力をしなくても、神の子キリストが自分の罪の身代わりとして命を差し出してくれた、と信じるだけで

「あなたは正しい人だ」

と認めてもらえる世界が現れたのです。

福音の絶大な価値は、その前の旧約時代の律法を行った人だけが身にしみて感じられるのかも知れません。

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「たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか。」
(マタイ16:26)

このみ言葉を読み、思い巡らす時を持って参りましょう。

2012.08.30

今日のみ言葉【No.385】(2012年 8月30日)

恐れおののいて自分の救の達成に努めなさい。
(ピリピ2:12)

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ディズニーランドは多くのリピーターが来ることで有名です。

なぜ人々が何度も繰り返し、高いお金を払ってでも来るのでしょうか?

そこに「感動」があるからです。

ディズニーランドの広大な敷地内には、駐車場も含めて、自動販売機は1台も置かれていません。

自動販売機は便利だが人に感動を与えない、というのがその理由です。

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「感動」をお客様に与えることに邁進するディズニーランドだけに、数百人のダンサーたちは毎年1回、全員オーディションを受けなければなりません。

キーワードは、

「君のダンスは初演になっているか?」

です。

そうです。毎日同じダンスを踊っていると

「慣れ」

がいつの間にか入ってきて、初めてステージに立てた時の喜びと感動が失せてしまうのです。

ですから、初演の感動が感じられないダンサーは、たとえ実績があっても容赦なく落とされます。

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今日の聖句は、その「慣れ」のことにふれている個所です。

イエス・キリストの救いは、十字架において完成しました。

そのことを信じるだけで救われ、人間は何も付け加える必要がありません。

しかし、

「救の達成に努めなさい」

と、いかにも救いはまだ達成されていないから努力しなければならないような書き方です。

これは、信仰の新鮮さを保ち続けよ、ということなのです。

教会で礼拝に毎週出席し、讃美歌を歌い、説教を聞き、献金をし、クリスチャン同士の交わりを持つ、ということを繰り返していると、いつの間にか「慣れ」が起きてきます。

つまり、その生活が当たり前となり、感動が薄れていくのです。

喜んでやっていた「奉仕」は「当番」となり、「祈り」は「義務」となります。

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だから、

「恐れおののいて自分の救の達成に努めなさい」

なのです。恐れおののかなければならないのです。

今の環境になれてしまい、恵みが当然となってしまうと、恵みを恵みと感じることが出来ません。

やがて不平不満が出て、それが満たされるのが当然と思い始めると、まもなく「傲慢(ごうまん)」の実がなります。

傲慢な人の特徴は、自分が傲慢であることに気づかないことです。

そして、

「世の中で苦労しているのは自分だけ」

としか思えません。

周囲の配慮や、他人も同じように苦労していることが見えなくなるのです。

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もしあなたが、

「自分は犠牲者・被害者側であり、本当に周りの人が動いてくれないので私ばかり苦労している。自分が傲慢?とんでもない!私のどこが傲慢?」

と思っていらっしゃるのでしたら、1度だけでいいですから霊の健康診断を受けて下さい。

「神よ、どうか、わたしを探って、わが心を知り、わたしを試みて、わがもろもろの思いを知ってください。わたしに悪しき道のあるかないかを見て、わたしをとこしえの道に導いてください。」
(詩篇139:23-24)

このみ言葉を持ってしばらく祈り、神様に心の中を探っていただきましょう。

神様は必要なことのみを知らせて下さいます。

そして、神に示されたことだけをやればよいのです。

-*-*-*-*-*-*-

霊の健康診断の結果はすぐに出ます。示されたらすぐに方向転換しましょう。

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2012.08.29

今日のみ言葉【No.384】(2012年 8月29日)

あなたがた一同のために祈るとき、いつも喜びをもって祈り、
(ピリピ1:4)

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ピリピ人への手紙は、喜びの書簡、と言われています。

それくらい喜びに溢れ、この手紙を読む人たちに、喜ぶことを命令しているほどです。

「あなたがたは、主にあっていつも喜びなさい。繰り返して言うが、喜びなさい。」
(ピリピ4:4)

パウロは一体どんな幸福な環境にいたのでしょうか?

彼はローマの獄中からピリピの教会宛に手紙を書いたのです。

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牢獄という困難な環境の中では、どうしても

「不自由さ」

つまり、あれもできないこれもできない、こちらも具合が悪い、思う通りにならない、という不快感ばかりが際だって感じられます。

パウロはこれらの事に目を留め、改善できたから喜びを感じた…、のではありません。

彼が入獄することによって、キリストの福音が兵営全体に知れ渡り、そして教会の人々がこのことをきっかけにして益々福音を語るようになったことを知ったからです。

その点で、何も出来なくなることは祝福です。

今まで出来なかった、

「手放す」

ことが出来るようになるからです。

「自分が何かできたから喜びを感じられる」

という世界から、

「神様が働いて自分がやれる以上の祝福をもたらして下さる。だから喜べる」

という世界へと移ることが出来るのです。

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私事で恐縮ですが、お医者さんから

「顎関節症です。原因はストレス。」

と10日前に言われ、思い当たりました。

去年亡くなった父のお墓の建立、納骨式、支払い、新盆の諸行事、残された母の介護等、今年の夏はチャレンジが多かったのです。

そして先日の礼拝が終わって昼食の素麺を口にした途端、

「ゴキッ!」

と音がしてアゴに激痛…。ここ3日間、口を開けられずに過ごしておりました。

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ありがたいことに私の妻は元看護師。

マンガの虫歯ちゃんのように包帯で顔をしばり、頭の上でリボン結びにしてくれました。

キュウリの漬物を食べてもアゴに痛みが走るので、食べるものは、

おかゆ、茶碗蒸し、バナナ

などを用意してくれ、妻の愛に感謝しました(^^)。

ただ、

「これ以上ひどくなったら大学病院の口腔外科に行って、○×△%#…」

とクールな看護師の口調になった時には、真夏の怪談話を聞くよりゾッとしました。
( ̄□ ̄;)!!

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噛めなくなって気づいたことは、食べ物の味です。

少量をゆっくりと、痛みを感じないように、そっと食べると、今まで気づかなかった食べ物の味が口の中に広がるのを感じます。

神様はこういう幸せを今までもずっと与え続けておられたのか、と思い至りました。

しかし今までの私は、車にガソリンを入れるがごとく、胃袋に食べ物をエネルギー源としてガーッと入れるような食べ方でした。

繊細な味付けを感じる暇もなく生きたきたことに、初めて気づかされ、

「あんなに沢山食べなくても、人間は生きていけるんだなぁ」

と、神の恵みに気づかされた3日間でもありました。

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神の与える喜びは、私たちが何も出来なくなる時、すなわち、何もかも手放さなければならない時に、一番よく見えてきます。

自分の無力さを感じる時は、落胆することなく、神様がこれから喜びを与えて下さる、と期待しましょう。

主の御手はあなたと共にあります。

2012.08.28

今日のみ言葉【No.383】(2012年 8月28日)

最後に言う。主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい。
(エペソ6:10)

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今日の聖句の「最後に言う」、とは、その前の5章から続く部分のまとめを意味します。

それまで、パウロは「こうせよ。ああせよ」とエペソの人々の教え諭しています。

・妻は夫にキリストに対するように仕え、夫はキリストが命を捧げたように妻を愛しなさい。

・子は親に従い、親は子を怒らせてはいけない。

・僕は主人に快く仕え、主人も僕に対して同様にしなさい。

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これらのことを言われた通り成していくのは大変なことです。

夫を首相クラスのVIPとしてお仕えするのですから、料理にも気を配り、出かける時には「行ってらっしゃいませ」と最敬礼して送り出すのが当然になります。

夫は妻を命がけで愛するのですから、いつ何時、自分の命が妻のために取られても構わないという覚悟で生きるのです。

我力でやったら続きません。

ですから、

「主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい。」

なのです。

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具体的にその後、神の武具が列挙されています。

・真理の帯(ベルト)
・正義の胸当て(プロテクター)
・平和の福音の備え(サンダル)
・信仰の楯(シールド)
・救いのかぶと(ヘルメット)
・御霊の剣(神の言)

です。

これら6つの武具の特徴は、全て前面を守るものです。

背面には何もありません。

つまり、敵に背中を見せ、逃げ出してしまったらやられる、ということです。

神の力によって強くさせていただき、人生の様々な戦いに立ち向かう時、逃げは禁物です。

火の矢が飛んできたとしても、前に向かって行く時には神の武具があなたを守り、逆に安全なのです。

今日、あなたが顔を向けている方向は、前ですか?横を向いていますか?それとも後ろ向きでしょうか?

もちろん休息の時も必要です。

しかし、一旦戦いの場に出たら、逃げの姿勢を見せたら敵の思うがままになります。

前を向いて進んでいきましょう。

霊の戦いは事態がどんどん進んで、最悪と見える次の瞬間に大勝利に変わっていくからです。

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我力でなく、神の力によって強くなり、前を向いて歩んで参りましょう。

2012.08.27

今日のみ言葉【No.382】(2012年 8月27日)

眠っている者よ、起きなさい。
(エペソ5:14)

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眠りから目覚めるのは、朝の光が差し込むからです。

ここで言う光とは、神がこの私を愛してくださったということです。

「あなたがたは、以前はやみであったが、今は主にあって光となっている。光の子らしく歩きなさい」
(エペソ5:8)

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光の子となったからと言って、テレビのヒーローのように変身できるようになったのではありません。

相変わらず自分は自分のままです。

現実は変わりません。

しかし、もう一つの現実が現れたことを知らなければなりません。

それは、この私が神に愛されている、という現実です。

ここに気づき、神の愛に応えていこうとする人生を始めることが、

「眠っている者よ、起きなさい。」

という人生です。

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そのための鍵は、同じ14節の

「明らかにされたものは皆、光となるのである。」

という御言葉です。

自分にとっては価値のないもの、むしろおぞましいとまで思うものでも、それを閉じこめず、明らかにした時、まばゆいばかりの光となるのです。

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映画「ソウル・サーファー」はプロサーファーを目指したベサニー・ハミルトンの実話を描いています。

彼女はサーフィン中にサメに左腕を食いちぎられてしまいました。13歳の時です。

当時、様々な大会で優勝し、スポンサーもつき始めていた矢先の事故でしたから、神様のご計画はどこにあるのかと思い悩みます。

教会学校の先生が、御言葉で彼女を励ましました。

「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。」
(エレミヤ29:11)

ベサニーは入院中、

「事故に遭ったのは、人々に神のことを伝え、天国に行くお手伝いをするようになるためかもしれない」

と考え、片腕のサーファーとしてサーフィンを再開し、事故後わずか1ヶ月で全米大会で入賞し、人々を驚かせます。

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これだけですと、

「頑張れば何でも可能だ」

「未来を信じ、夢を持って生きれば必ず報われる」

という、この世でよく聞くフレーズの繰り返しになります。

それは自分の計画を果たそうとする努力です。そのことに何の悪いこともありません。

しかし、ベサニーが感じたのは神のご計画です。

それは、

「片腕を無くした体験を語ることによって誰かの役に立つ」

ということです。

彼女はこう言います。

「様々な災いが起きるのが人生です。だから、私からのアドバイスは、ふとしたことで、簡単に消えてしまうことに、全ての希望と信頼を注ぎこまないことです。おそらく、この世のほとんどのものがそうなのです」(佐藤順主筆,「御翼」2012年9月号その2より)。

やがて彼女のストーリーがディズニーの目にとまり、映画「ソウル・サーファー」が日本でも2012年6月に公開されました。

ベサニー自身も「夢をあきらめないで」と強調します。

しかしそれは、どんな人もイエス様に愛されているのだから決して夢をあきらめないで下さい、ということなのです。

片腕のない自分を明らかにした時、それが光となり、人々の心に希望を照らし出していったのです。

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神の愛の光を感じる一日として参りましょう。

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