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2012.12.22

今日のみ言葉【No.474】(2012年12月22日)

「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。
(ルカ2:14)

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生活習慣病という名称を日本に定着させた日野原重明先生の言葉です。

「鳥は飛び方を変えることはできない。しかし人間はいつからでも生き方を変えられる。」

「健康は習慣の積み重ね。食生活、喫煙・飲酒などの習慣、あるいは心の持ちようなど、心がけしだいで変えられることはたくさんあります。決心したその瞬間から、生き方を変えてみませんか?」
(http://www.facebook.com/shinrojin より)

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毎日同じものを食べ、同じ考え、同じ行動を繰り返す、その積み重ねが生活習慣病ともなり、健康な心と肉体ともなります。

今日がその習慣を変えるスタートの日となり得るのです。

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クリスマスは、全世界が罪と悪魔の支配から解放された喜びの訪れを知らせています。

「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。

それまでは、鳥のように飛び方を変えることができなかった人間が、新しい生き方ができるようになったのです。

「こんなことではダメだ」

と自分を打ちたたいて正す生き方から、

「こんな私だから救われる」

という世界が始まったのです。

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御使たちの讃美に心の耳を澄ませましょう。

「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。

目を上げ、顔を天に向け、神の赦しを受け取る毎日。

これがクリスマスから始まる「新しい習慣」です。

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新しい生き方を始めさせて下さる神様に感謝し、ゆだねて参りましょう。

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●「今日のみ言葉メール」の過去記事は全て下記サイトに保存されています。
http://mikotoba.nows.jp

2012.12.21

今日のみ言葉【No.473】(2012年12月21日)

きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。
(ルカ2:11)

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全国的に信号機のLED化が進んでいます。

電力消費が少なく、耐用年数も長く、クッキリとした光のLEDですから普及するのは当然でしょう。

ここは

「信号機を作る業者のための政策だ」

などと意地悪な考えを起こさずに、素直に「私たちのため」と受け止めることがよいでしょう。

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救主は誰のために生まれたのか、今日の聖句に答えが書いてあります。

「あなたがたのために」

です。

私やあなたのために、救主キリストがお生れになった、と聖書は告げています。

人を愛する神は、神の子キリストをこの世に救主として、この「私」のために送って下さったのです。

クリスマスを喜んでお祝いする理由がここにあります。

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「私のための救主」ということを実感する方法のひとつとして有名なのは、ヨハネ3章16節のみ言葉、

「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」

の中の、「世」と「者」という個所に自分の名前を入れて読んでみることです。

そうすると、「みんなのための救主」から「この私のための救主」という感覚を味わう助けとなります。

「神はそのひとり子を賜わったほどに、この(    )を愛して下さった。それは御子を信じる(    )がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」

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たとえ全世界で救われるのが私一人だけだったとしても、キリストはこの地上に来られ、十字架につき、命を捧げられたことでしょう。

この「私」のための救主の誕生を祝うひとときを持って参りましょう。

2012.12.20

今日のみ言葉【No.472】(2012年12月20日)

御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。
(ルカ2:10)

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「雨は夜更け過ぎに 雪へと変わるだろう」

の歌い出しで始まる、山下達郎さんの「クリスマス・イブ」がちまたに流れるのを耳にする時、一気にクリスマス感を持たれる方はおられませんか?

今やクリスマスの定番ソングとも言えるこの曲を決定的にしたのは、

「きっと君は来ない」

という印象的なフレーズです。

「きっと」の後には「来る」が続くはずなのですが、その逆の「来ない」とすることで、

「来てほしいけれど、多分無理。でも、わずかな希望を持って今待っている」

という恋心が見事に表現されています。

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聖書が証しする真のクリスマスは、「きっと来ない」でも「きっと来る」でもなく、

「すでに来た」

です。

2000年前、ユダヤのベツレヘムで幼子が誕生し、この世に救い主が「来た」のです。

この事実は変えようがありません。

ですからクリスマスは、

「すべての民に与えられる大きな喜び」

なのです。

いつ実現するか分からないものを不安な気持ちで待つのではなく、既に実現した救い主の誕生を安心してお祝いする時だからです。

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● 小さな男の子

小さな男の子が
星を見上げて
泣き出した。

すると
星が言った。
男の子くん
どうして泣いているんだい?

すると
その子は言った。
星さん、あなたがあんまり遠くに離れているから
僕は絶対あなたに触れられない。

すると
星は答えた。
男の子くん、
もし私が君の心の中にいなかったら、
君は私を見ることさえ出来なかったんだよ。

(『心のチキンスープ』より)

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既に私たちのいる所に来られ、今も生きて働いておられる救い主イエス様と共に、今日も歩んで参りましょう。

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2012.12.19

今日のみ言葉【No.471】(2012年12月19日)

さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。
(ルカ2:8)

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キリスト降誕の知らせをいち早く知らされたのは羊飼たちでした。

ヨセフやマリヤのように人口登録のために人々が集まっているのに、羊飼たちが野にいたのはなぜでしょうか?

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彼らはその当時、数に入らない人たちだったのです。

税金徴収の見込みなどなく、何の期待もされていない、いてもいなくても関係なし…、と見なされていたのです。

その羊飼に、神の子御降誕の知らせが一番最初に届けられました。

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クリスマスの出来事は、この世の取るに足りない、数に入らない、無きに等しい者たちが一番最初に恵みに預かることを教えています。

ですから、無力さを感じる時こそ、あなたがこの羊飼に一番近い時です。

神はあなたに

「救い主イエスを送ったよ」

という喜びの知らせを伝えておられます。

あなたが全く期待されていない時こそ、この知らせに最も近いのです。

目を伏して嘆いているだけのクリスマスは、目を上げるだけで喜びのクリスマスへと変わります。

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自分が羊飼である喜びを満喫するクリスマスの時を送って参りましょう。

2012.12.18

今日のみ言葉【No.470】(2012年12月18日)

そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。
(ルカ2:1)

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キリスト教の幼稚園で毎年行われるクリスマス降誕劇。

我が子の演ずる姿を撮そうとして、デジカメやビデオ構える親御さんたちの数の方が子供たちより多いそうです。

やがて星に導かれた当方の博士たち、御使いの言葉を聞いた羊飼いたちがベツレヘムに誕生した幼子を見に集まってきます。

それはミカ書の預言の成就でした。

「ベツレヘム・エフラタよ、…、イスラエルを治める者があなたのうちからわたしのために出る。」
(ミカ5:2)

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ヨセフはこの預言のためにマリヤをベツレヘムに連れて来たのではありません。

誰が身重の妻に長距離の移動をさせるでしょうか。

彼は仕方なくナザレから生まれ故郷のベツレヘムへ行ったのです。

それは「全世界の人口調査をせよとの勅令」が出たからです。

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この人口調査は、人頭税という税金徴収のためのもので、ローマに屈した属国から富を集めるためでした。人間の欲望が生み出したものです。

しかし、真の神を知らないローマ帝国の欲望を神は用いられたのです。

この勅令がなければ、マリヤはナザレにとどまり出産に備えたはずです。

それが人間が考える最善の策だからです。

マリヤはローマ帝国の欲を源とする命令に翻弄され、仕方なくヨセフと共に不安な旅に出たに違いありません。

案の定、出産は万全な環境でなされたわけではありませんでした。

しかし神はその何百年も前からそのことを預言しておられたのです。

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私たちの状況でも、他人の思惑に翻弄されたり、社会の動きに沿わざるを得ないことがあります。

自分の考える最善が、そうならないことがあります。

ヨセフもマリヤも同じでした。

しかし、

「神がいるならどうして…」

と、どう考えても分からないその状況の中を歩む時でも、神のご計画の真ん中を歩いていることを知りましょう。

神は神を認めない者をも用いてご計画を進められるからです。

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私たちは運命に流されているのではありません。

神の確かなご計画の内を歩ませていただいていたのだ、と分かる時がやってきます。

そのことを信じ、不安の中でも平安を味わって参りましょう。

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