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2013.12.28

今日のみ言葉 年末・年始休暇のお知らせ

いつも「今日のみ言葉メール」をご愛読下さりありがとうございます。

12月30日(月)〜1月7日(火)は年末・年始休暇をいただきます。

2014年1月8日(水)から配信再開予定です。

来年も引き続き旧約聖書を1章ずつ取り上げていく予定です。

なお、1号から730号までの過去記事すべては

http://mikotoba.nows.jp/

に保管されています。ご自由にご覧下さい。

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■転送・引用について

「今日のみ言葉メール」の転送や引用はご自由にしていただいて構いません。事前の許可申請等、一切必要ありません。

■転送の際のご注意

「今日のみ言葉メール」は、基本的に山形ジョイフルチャーチ関係者への牧会、学びの助け、として書かれておりますので、不特定多数への配信目的を志向しているものではありません。従って、転送されたメールを読んだ方のお立場からすると、同意できないことがあるかもしれませんが、そのようなことをお含みの上、転送される方はご説明下さいますようお願いいたします。

今日のみ言葉【No.730】(2013年12月28日)

人々は主の言葉を聞き、ヤラベアムを攻めに行くのをやめて帰った。
(歴代志下11:4)

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北イスラエル王国を樹立した、いわば反乱者の代表であるヤラベアムを攻めに、ソロモンの子レハベアムは出て行こうとしました。

しかし、預言者シマヤが神の言葉を携えて現れました。

「あなたがたは上ってはならない。あなたがたの兄弟と戦ってはならない。おのおの自分の家に帰りなさい。この事はわたしから出たのである。」
(歴代志下11:4)

そこでレハベアムはどうしたでしょうか?

妙なことですが、王であるレハベアムがどうしたかは記述されていません。

聖書に書いてあるのは、

「人々は主の言葉を聞き、ヤラベアムを攻めに行くのをやめて帰った。」

ということだけです。

つまり、はやり立つレハベアムを尻目に、神の言葉を聞いた人々は王の言葉より神の言葉に従い、散り散りバラバラに帰ってしまったのです。

レハベアムは戦いをやめて帰らざるを得ませんでした。

いつの時代でも人々の心には根強い信仰心が宿っています。

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約70年に及ぶソビエト連邦の時代、共産主義・社会主義下の体制では宗教は否定されていました。

ロシアではキリスト教は撲滅したと思われていましたが、全然そんなことはありませんでした。

中国でも過酷な迫害の中、昨年の宣教報告では最低でも8千万人のクリスチャンが存在していると言われています。

どのような思想やイデオロギーが強制され、命の危険が迫っても、神を信じ求める人の心は、それらでは動かせないのです。

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神様しか動かせない私たちの心であることを覚えましょう。

その心を更に磨き、神の小さき声を聞き取れる心としてこれからも励んで参りましょう。

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2013.12.27

今日のみ言葉【No.729】(2013年12月27日)

王は民の言うことを聞きいれなかった。
(歴代志下10:15)

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ソロモン王の死後、その子レハベアムが王となりました。

ソロモン王時代の重税と強制労働に苦しんだ民は、王が変わったので、政策の変更を願い出ました。

レハベアムは経験豊富な長老たちと、自分と同年代の若者たちと、両者にアドバイスを求めました。

長老たちは融和策を、若者たちは強硬策を提示しました。

ここで決断を下すのがリーダーの仕事です。

レハベアムは

「長老たちの勧めをすて、若者たちの勧めに従い」
(歴代志下10:13-14)

とあるように、父王以上の重税と強制労働を命じる方を選びました。

絶望した民はヤラベアムを立て、北イスラエル王国を樹立します。

ダビデによって統一された王国は、預言の通り、分裂していきました。

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もしレハベアムに、祖父ダビデのような

「主の前に座して」
(サムエル記下7:18)

という時があったなら、事態はもっと別の方向に進んでいたかも知れません。

しかし彼には祖父ダビデのような信仰も、神に対する謙遜な思いもありませんでした。

自力で出さざるを得なかった結論によって、もはや彼の力では収拾できない状態にさせてしまったのです。

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私たちも生きていく過程で重大な決断を下さなければならない時があります。

人知の及ぶ限りの議論と検討を重ね、最終決定をする前に、

「主の前に座して」

祈る時を持ち、身を低くして神の御心を探る時が必要なのです。

私たちには幸いに御言葉である聖書が与えられています。

普段から聖書を読む習慣から神の言葉が心に蓄えられ、いざというときに神の御心が御言葉によって示されるのです。

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先日、洗礼式の準備をしていた時、ふと、

「この人は生まれる前から神に選び分かたれていたのだ」

という強い思いが私の心をとらえました。

聖書にそう書かれてありますから、洗礼を受ける人なら誰にでも当てはまることなのです。

「みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、」
(エペソ1:4)

しかしこの思いは私の心をとらえて離れませんでした。

実際に洗礼式でそのことを心にとめ、祈ったところ、多くの方々から「慰めと平安をいただいた」という反応をいただきました。

このような信仰の「センス」は、御言葉に触れる中、祈りの中でいつしか自分でも意識しない間に養われていきます。

そしてある時、ピョコンと表面に飛び出してくるのです。

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決断の前に、主の前に座して祈る時を持って参りましょう。

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2013.12.26

今日のみ言葉【クリスマス特別号】(2013年12月26日)

すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。
(ルカ2:9)

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生まれたばかりの赤ちゃんは、たった一つのことでしか恐怖を感じないそうです。

それは「落下」です。

下に落ちる時に恐れを感じるのみで、たとえ空腹のライオンを目の前にしても恐怖感は抱きません。

ですから、今私たちが感じる恐怖というものは、後から学習して身につけたものなのです。

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クリスマスの夜、野宿していた羊飼らの前に御使いが現れ、

「主の栄光が彼らをめぐり照し」

ました。

闇の中に光が現れるのですから、通常は喜んだり希望を持ったりしていいはずです。

しかし彼らは

「非常に恐れた」

とあります。

本来は喜ばしいはずの救い主の到来の知らせも、

「いつもと違うこと」

が起こると、人は恐れを感じるのです。

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「怖い」「恐ろしい」とあなたが感じることが、全て災難や危険なのではありません。

それは学習の結果、命を傷つけないように自分を守るための警告なのです。

「怖い」「恐ろしい」という警告のブザーが鳴っても、それが一体何なのかよく見てみましょう。

もしかしたら光を恐れているのかも知れません。

私たちは2000年前の羊飼のように、「いつもと違うこと」が起きると恐れを抱く者だからです。

恐れの正体をしっかり見極め、光を恐れないことです。

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先日、天に召されたY姉に起きた「いつもと違うこと」は、肺結核という病でした。

幸い完治しましたが、体の健康状態、特に肺の状態は健常者の半分程度。

よほど心を強く持ち、健康に留意しなければ長くは生きられない、とYさんは一時悲嘆に暮れました。

しかしこのことが、彼女に教会の門を叩かしめる原動力となったのです。

キリストの十字架の福音に触れ、永遠の命、天国の希望があることを知り、Yさんは洗礼を受け、クリスチャンとなられました。

そして、短命で終わるかと思った人生は、75年の生涯を送る結果となりました。

クリスチャンの男性と結婚され、お子さん、お孫さんへと信仰が受け継がれ、そのご葬儀は本当に柔らかな雰囲気と天国へ行かれたという明るさに満ちあふれたものとなりました。

まさに、主の栄光がめぐり照らす人生を送られました。

忘れてならないことは、そのスタートは肺結核という病だったということです。

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主にあって全ては最善となります。

神を信じ、心にキリストの救いを迎え入れる人生は、恐れではなく光に満ちた人生へと導かれていくのです。

恐れを感じる時こそ、神の光を見いだして参りましょう。

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2013.12.21

今日のみ言葉【No.728】(2013年12月21日)

地のすべての王は神がソロモンの心に授けられた知恵を聞こうとしてソロモンに謁見を求めた。
(歴代志下9:23)

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私の親戚のご本家は、「丸山製麺所」として米沢ラーメンの麺を製造しています。

親戚だから言うのではありませんが、おいしさに定評があり、人気店です。

朝からお客様が絶え間なくやってきて、お昼頃にはもう完売してしまいます。

いとこの私が行ったとしても、「芳浩君、悪いなあ。売り切れてもう無い」と言われて帰る他ありません。

材料、製造法、保存環境に気を配り、本物だけが出せる味を持っているので、宣伝をせずとも人々が口コミでやってくるのです。

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歴代志下第9章には、かの有名なシバの女王がソロモン王のところに来た記事が書いてあります。

彼女はソロモンに与えられた知恵のすばらしさを噂で聞き、本当かどうか確かめにやってきました。

ソロモンは難問に的確に答え、とうとう、

「あなたはわたしの聞いたうわさにまさっています。」

と言わしめるほどでした。

そして彼女が国に帰ってから、今度はシバの女王から噂を聞いた他の国々の王たちが、知恵を求めにソロモン王の下にやってきました。

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人は本物に引き寄せられます。

本物のあるところでは、人を「掻き集める」必要はありません。

人は自然に「駆け集まって」くるのです。

ですから、神の命が私たちの内にあるかどうか。

何をするしないの以前に、本物の命を宿しているかどうかをまず問わなければなりません。

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昨日、教会員のYさんが天に召されました。

入院中は多くの方々が彼女のお見舞いに駆けつけました。

ところが、慰めに行ったはずの人が逆に慰められ、祈りに行ったはずの人が逆に「お祈りしてます」と言われて病室を後にしたそうです。

Yさんの内に本物の命があったからです。

たとえ体は病み、肉体は衰えても、イエス様によって罪ゆるされ、永遠の命をいただき、天国を目指して一歩々々歩いている、という確信はいささかも揺るぎませんでした。

その確かさ、命、神の平安という本物に引きつけられ、召される寸前まで人々は駆け集まってきたのです。

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自分でも知らないうちに神の輝きを周囲の人々が見ていた…。

それは確かな御言葉を内に宿した時に、誰でもそのようにさせていただけることです。

本物の命を宿すために、御言葉を心にとどめる一日として参りましょう。

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