Home > 6月, 2014

2014.06.30

今日のみ言葉【No.855】(2014年 6月30日)

主よ、あなたのあわれみと、いつくしみとを思い出してください。
(詩篇25:6)

——————

腸は第2の脳だと言われています。

脳とは別の感情を腸は持っているのだそうです。

腸はすごい力を持っているのですね。

これを「腸脳力」(ちょうのうりょく)と表現する人もいます!

そう言われれば日本語には「腹」にまつわる感情表現があります。

悪い考えを持っている人を「腹黒い」と言い、心を開いて話すことを「腹を割って話す」と言います。

すんなり納得できると「腑に落ちる」と言いますが、この「腑(ふ)」とは五臓六腑の「腑」。つまり内臓のことです。

日本人は昔から意志や感性を腹や腑で受け止めていたようです。

-*-*-*-*-*-*-

同じ用法が、旧約聖書が書かれたヘブル語、新約聖書が書かれたギリシャ語でもあります。

それが今日の聖句の「あわれみ」という言葉の語源です。

「あわれみ」はヘブル語で「レヘム」。その意味は「子宮・胎」です。

また、ギリシャ語では「スプランクナ」。その意味は「内臓」です。

神は、子宮が痛むような(ヘブル語)、はらわたがかき回されるような(ギリシャ語)

「あわれみ」

でもって人に接せられるのです。

「イエスは舟から上がって大ぜいの群衆をごらんになり、飼う者のない羊のようなその有様を深くあわれんで、いろいろと教えはじめられた。」
(マルコ6:34)

腹の底からあわれまれたイエス様の深い愛が、私たちの五臓六腑にしみわたるように分かります。

-*-*-*-*-*-*-

詩篇第25篇では、この神のあわれみを切実に祈り求めています。

それは罪のゆるしのためです。

古代では、神が人の罪を思い出すと罰が下ると考えられていました。

手元にあった祝福は去り、病気や苦難という罰が下ると考えていたのです。

ですから、

「わたしの若き時の罪と、とがとを思い出さないでください。」
(詩篇25:7)

と必死に祈り求めているのです。

-*-*-*-*-*-*-

新約の時代、キリストの十字架を信じるだけで罪が赦され、神の御前に出ることができる特権が与えられている私たちはなんと幸いなことでしょう。

ひたすら神のあわれみを求める必要はもうありません。

すでにあわれみの中に生かされているからです。

腹を痛めるほどに愛する神の愛。

この神の愛を感じる一日とさせていただきましょう。

-*-*-*-*-*-*-

※新規お申込みをなさる方へ

reg@mikotoba.nows.jp
へ空メールと送ると自動的に登録されます。
そして1分以内に申込確認メールが送信されます。

3分たっても来ない場合は
maruyama@mikotoba.nows.jp
からのメールが迷惑メールと判定され、ブロックされているからです。
そのままだと「今日のみ言葉メール」が受信できませんので、ご自分の「迷惑メール設定」を変更して下さいますようお願いいたします。

2014.06.28

今日のみ言葉【No.854】(2014年 6月28日)

地と、それに満ちるもの、世界と、そのなかに住む者とは主のものである。
(詩篇24:1)

——————

自分の車をお持ちの方は車検証の「所有者」欄に注目してみて下さい。

もしかしたら「所有者」はあなたでないかもしれません。

「え、いつも乗ってる私の車だよ!」

と驚かれるかもしれませんが、自動車ローンで車を購入した場合などには、車の所有権が販売業者やローン会社名になっている場合があります。

使用権はドライバーにありますから、運転する上で何も不都合は起きません。

しかし、所有権は別の人にありますから、車の名義変更や廃車手続きを行うことはできません。

-*-*-*-*-*-*-

今日の聖句は、この世界の所有権は神がお持ちであることを語っています。

そしてこのメールを読んでいるあなた自身にも神が所有権を主張しておられることを表しています。

あなたは自分の人生の「使用権」を持っておられます。

どのようにお使いになっても結構です。

しかし、あなたの所有者は天地万物を造られた神なのです。

ここがはっきりするかしないかで人生は大きく変わります。

-*-*-*-*-*-*-

このことを例えで言うと、気前のいい人があなたに

「当分乗ってていいよ」

と車を無料で貸してくれたようなものです。

ガソリン代や整備点検代、保険などはあなたが負担しなければなりません。

しかし、使用権が与えられているので自由に使ってよいのです。

時間制限も距離制限もありません。あなたに任せられています。

ただし、所有権はその気前のいい人にありますから、ある時突然、

「返してもらうよ」

と言われたら、即座に返さなければなりません。

となれば、当然、普段の車の使い方、走り方に影響が出ることは言うまでもありません。

自分の人生、自分の命の所有者は神であるという意識は、あなたの生き方を変えるのです。

-*-*-*-*-*-*-

神の所有権を意識する一日でありますように…。

-*-*-*-*-*-*-

●配信停止は下記に空メールを送信して下さい。
del@mikotoba.nows.jp

●お申し込みも同様です。
reg@mikotoba.nows.jp

2014.06.27

今日のみ言葉【No.853】(2014年 6月27日)

主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。
(詩篇23:1)

——————

羊は人間と似ているところがあります。

(1)臆病で弱い動物です

鋭い爪も牙もなく、敵を攻撃する手段を持ちあわせていません。

(2)集団行動に走りやすい

羊は近眼なので遠くまで見渡すことができません。前の羊のお尻を見て動いているのです。

(3)食物と水を絶えず必要としています。

ここに牧者(羊飼い)の存在が必要とされる理由があります。

-*-*-*-*-*-*-

「主はわたしの牧者」

と宣言することは、イエス・キリストを私たちの人生を導く羊飼いとして受け入れるということです。

すると、

「わたしには乏しいことがない」

という人生が待っています。

なぜなら、牧草や水の在り処を探し出し、そこに羊を導くのは羊飼いの仕事であって、当たり前のことだからです。

つまり、神が私たちの必要を事前に知り、現実の問題を理解し、それ解く鍵を与えてくださるのです。

「主はわたしの牧者」

と信じるだけで、もう明日のことを思い煩う必要はありません。

「わたしには乏しいことがない」

という必要が満たされた人生に真の羊飼いが導こうとして待っているからです。

-*-*-*-*-*-*-

そんなに単純でしょうか?

人生は意外と単純なものです。

真理は単純にできているからです。

ただし、「乏しいことがない」人生を生きるための条件があります。

それは、自分が羊であることを認めることです。

弱さを持った自分は羊と同じで、羊飼いの導きが必要だと認めていること。

これが条件でありスタートラインです。

「主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。」
(詩篇23:1)

という人生は、自分の弱さを知り、それを認め、受け入れ、自力の解決に終止符を打ち、羊飼いの助けを受け入れる人にのみ適用されるからです。

-*-*-*-*-*-*-

このような人生は理論でなく体験でわかります。

理論で説明しようとしても、本当にそうなるとは誰も証明できません。

しかし、理論的に保証されていないけれども、

「そうやって生きてみたら本当に乏しくなかった」

「想像以上に豊かな人生を送れた」

という証しによって、自分も一歩踏み出そうとすることができるのです。

-*-*-*-*-*-*-

私もその一人でした。

あっという間の30年の信仰生活で、詩篇23篇1節を信じて生きてみるようにと勧めてくださった多くの先輩方の言葉は嘘ではなかったと実感しています。

献身する前、

「牧師になって食っていけるの?」

という質問を何人もの人から受けました。

しかし、食べられないということはありませんでした。

正確に言うと、断食をしてあえて自分から食べなかった時以外、常に食べるものはありました。

むしろ、お米がなくなると神様の方で届けてくださるという不思議な体験を何度もしました。

山形ジョイフルチャーチの礼拝堂の正面に掲げられている詩篇23篇1節の御言葉を見るたびに、神の約束の忠実さをかみしめています。

-*-*-*-*-*-*-

弱さを認め、羊飼いなるイエス様に寄り頼む一日として参りましょう。

-*-*-*-*-*-*-

●配信停止は下記に空メールを送信して下さい。
del@mikotoba.nows.jp

●お申し込みも同様です。
reg@mikotoba.nows.jp

2014.06.19

今日のみ言葉【No.852】(2014年 6月19日)

わが神、わが神、なにゆえわたしを捨てられるのですか。
(詩篇22:1)

——————

詩篇第22篇は、キリストの十字架上での様子が正確に預言されている個所として有名な詩篇です。

「そして三時ごろに、イエスは大声で叫んで、『エリ、エリ、レマ、サバクタニ』と言われた。それは『わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか』という意味である。」
(マタイ27:46)

この他にも、

「民に侮られる」(6-8節)
 →(ルカ23:35)

「渇く」(14-15節)
 →(ヨハネ19:28)

「手足が刺し貫かれる」(16節)
 →(ルカ24:39)

着物がくじ引きにされる(18節)
 →(ヨハネ19:23-24)

等々、まるで見て書いたかのような個所が続きます。

聖書は宗教の書ではなく真理の書であると言われる理由がここにあります。

-*-*-*-*-*-*-

救い主で神の子であるイエス・キリストがなぜ

「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」

と叫んだのかは難解で解釈に難しいところです。

しかしわかることは、

(1)イエス様が父なる神様から完全に見捨てられたこと

(2)イエス様が完全に見捨てられたことで人間が完全に救われる道が開かれたこと

です。

-*-*-*-*-*-*-

人間の理性の限界を越えた神の深い愛を賛美する一日として参りましょう。

-*-*-*-*-*-*-

●配信停止は下記に空メールを送信して下さい。
del@mikotoba.nows.jp

●お申し込みも同様です。
reg@mikotoba.nows.jp

2014.06.18

今日のみ言葉【No.851】(2014年 6月18日)

まことに、あなたは彼をとこしえに恵まれた者とし、み前に喜びをもって楽しませられる。
(詩篇21:6)

——————

サッカーW杯ブラジル大会の開幕戦という重要な舞台で、日本人の西村主審の判定は誤審だったのではないかと世界中のサッカーファンが議論しています。

特にPKで失点したクロアチア側では激しい批判の意見が聞かれます。

しかし逆にその判定で得点したブラジル側は「明らかに反則だった」と言います。

様々な意見が飛び交う中、私が一番納得できたのは元日本代表監督のオシム氏の言葉です。

彼はこう言います。

「ミスはサッカーの構成部分だ。」

「選手であれ、審判であれ、誰かがミスをすることに、どのように備えるか、どのように反応するか、相手のミスをどのように利用するかによって試合の流れが変わる。」

オシム氏は、サッカーで起こるラッキーな面も不条理な出来事も、全て受け入れよと主張しているのです。

むしろ、「ミスはサッカーに欠かせない部分だ」と言っているように聞こえます。

ですからオシム氏だけが、

「クロアチアは1―0でリードした時点で、もっと有効なプレーをすべきだった。あの状況を生かすことができなかったのは、クロアチアの側に責任がある。」

と言い切っています。

代表監督中に不慮の脳梗塞で倒れ、無念の退任を余儀なくされたオシム氏でしたが、このように考える人ですので、病気即引退、となるのではなく、今でも目を爛々と光らせ、鋭い意見を投ずる存在として一目置かれています。

-*-*-*-*-*-*-

全てを神からの祝福として受け止め、

「まことに、あなたは彼をとこしえに恵まれた者とし、み前に喜びをもって楽しませられる。」
(詩篇21:6)

という生き方をするためのポイントは何でしょうか?

それは

「王は主に信頼するゆえ、いと高き者のいつくしみをこうむって、動かされることはない。」
(詩篇21:7)

の「信頼するゆえ」という言葉にあります。

信頼とはおまかせすることです。

-*-*-*-*-*-*-

おまかせするとは相当の覚悟が必要だとは思いませんか?

「シェフのおまかせ料理」

というメニューがあるレストランに行ったとします。

高めの値段設定ですが、

「きっと美味しい物を食べさせてくれるのだろう」

と信頼して注文します。

ただ、どんな料理が出てくるのかわからないのです。

もしかしたら

「シェフのやりたい放題料理」

「シェフのボッタクリ料理」

が真実の姿なのかもしれません。

そういう可能性はあると知りつつも、

「ここのシェフなら悪いものは出さない」

と信頼して注文するのが「おまかせ料理」です。

-*-*-*-*-*-*-

時に、「神様、これが祝福ですか?」と思うようなことも降ってくるでしょう。

しかし、「おまかせする」とはそういうことです。

たとえば、薬局で

「消化を助ける胃の薬で一番良いのを下さい」

と注文すれば、必ず苦い方の薬を勧められます。

成分は全く同じでも、苦いほうが高いという不思議な価格設定を目にします。

薬剤師さんの説明によると、苦みの成分が舌の味覚神経を刺激して唾液や胃の分泌が活発になり、薬の効き目が出ると言います。

ですから、オブラートに包んでしまうと効果が落ちるのです。

あえてオブラートに包まず、「ギャア!」という苦味を与える。

おまかせするとこういうことが起きてきます。

-*-*-*-*-*-*-

神様のおまかせ料理は、信頼というオーダーであなたのもとに届けられます。

苦いでしょう。

しかしそれが次に出される料理のための最高の準備であることを心にとどめておきましょう。

今日も「とこしえに恵まれた者とし、み前に喜びをもって楽しませられる」一日となりますように…。

-*-*-*-*-*-*-

●配信停止は下記に空メールを送信して下さい。
del@mikotoba.nows.jp

●お申し込みも同様です。
reg@mikotoba.nows.jp

Next »