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2014.07.25

今日のみ言葉【No.877】(2014年 7月25日)

神をほめうたえよ、ほめうたえよ、われらの王をほめうたえよ、ほめうたえよ。
(詩篇47:6)

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私は若い時はショパンのピアノ曲を好んで聞いていましたが、50代の今クラッシックを聞くならバッハです。

ショパンのノクターンに心酔う時期は卒業させてもらい、バッハと共に人生の深みを感じさせてもらっているような感覚で作品を聞いています。

これは全くの私見ですが、バッハは他の音楽家と一線を画す何かを持っているように感じます。

おそらくそれは、バッハが音楽を神への捧げものとして作曲したからではないでしょうか。

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今日の聖句は、賛美を捧げることを奨励しています。

弦楽器や打楽器を鳴らすことはもちろん、

「巧みな歌をもって」
(詩篇47:7)

とありますから、修練を積んだ歌声で神に賛美せよ、というのです。

ただしそれはカラオケ大会で自らの力を誇る歌い方ではありません。

神に捧げられた曲を神のために歌い上げるために技量を磨き、最高のものを捧げるという感覚なのです。

礼拝で賛美を捧げるとはこのことを言います。

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喜びを持って賛美することが一番です。

今日も堂々と神を賛美する一日として参りましょう。

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2014.07.24

今日のみ言葉【No.876】(2014年 7月24日)

神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである。
(詩篇46:1)

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詩篇第46篇は宗教改革者マルチン・ルターの愛唱詩篇でした。

これを元にして作詞作曲したのが讃美歌267番「神はわがやぐら」です。

讃美歌267番

神はわがやぐら
わが強き盾
苦しめるときの
近きたすけぞ。
おのが力
おのが知恵を
たのみとせる
陰府(よみ)の長(おさ)も
などおそるべき。

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たとい

「地は変り、山は海の真中に移る」
(詩篇46:2)

ほどの天変地異が起きても

「恐れない」

でいられるのは、今日の聖句の通り、神を避け所としているからです。

理論は分かりましたから、あとは神を避け所とする生活を実行するだけです。

そうすれば、何物をも恐れないで生きていられます。

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しかしそれはあくまでも理論です。

人間は現実には恐れます。

その時に必要なのが、

「静まって、わたしこそ神であることを知れ。」
(詩篇46:10)

とある通り、静まり、神を意識することです。

あわてふためき、「何か行動を起こさなければ…!」と焦り恐れるまっただ中で、

「静まって、わたしこそ神であることを知れ。」
(詩篇46:10)

という御言葉を思い起こす訓練を繰り返すのです。

何度も焦り、

「神様に頼むより自分でやったほうが早い」

と手を出してしまい、しなくともよい失敗を繰り返すことがあるでしょう。

それでもあきらめずに、

「神を避け所とするのだった」

「静まるんだったっけ」

と悔い改めてやり直すのです。

やがて

「悩める時のいと近き助けである」

神の存在が実感でき、落ち着いて

「神様!」

と手を合わせて祈る自分へと変えられていきます。

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M子さんはきっぷの良いチャキチャキとした若いお母さんです。

ある日の夕暮れ、突然教会にワンワン泣く幼い息子さんを抱えて飛び込んできました。

「お願い!祈って下さい!」

見ればお子さんの手から出血。

病院に連絡をとり、急いで行く途中、

「教会に行って祈ってもらってから」

とひらめいたので来たとのこと。

当時まだスタッフだった私は、

「教会になんか来ないで一刻も早く病院に行くべきでは?」

と冷静な(冷たい?)心で思っていました。

しかし牧師夫人はやさしく

「M子さん、神様を忘れないで、よく来てくれましたね。」

と言い、平安があるように、すみやかに癒されるようにと祈りました。

彼女は

「安心しました。安全運転で行ってきます!」

と、教会まで車をすっ飛ばしてきた勢いとは正反対に、穏やかに車を発進させました。

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今日も神を避け所とし、いざという時こそ静まって祈る自分へと導いていただきましょう。

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2014.07.23

今日のみ言葉【No.875】(2014年 7月23日)

娘よ、聞け、かえりみて耳を傾けよ。あなたの民と、あなたの父の家とを忘れよ。
(詩篇45:10)

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引退コンサートでマイクをステージに置いて以降、一切姿を見せない大スターといえば、山口百恵さんです。

芸能界からスパっと身を引き、俳優の三浦友和さんとの結婚生活を送られ、カムバックの噂は山ほど芸能誌に載りましたが現実のものとはなりません。

いさぎよいものです。

結婚前のインタビューによれば、ささやかでも幸福な家庭生活を夢見ていたということ。

芸能界での栄光以上に家庭のほうが彼女にとって価値があったという事でしょう。

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詩篇第45篇は王の婚宴の時に歌われた祝歌ですから、ラブソングを聞くようなフィーリングでお読みになると良いかもしれません。

ただし、それだけでは聖書に収めらる理由とはなりません。

花婿である王とは神を表し、花嫁である娘はイスラエルを表すメシヤ預言として残されているのです。

「 あなたを造られた者はあなたの夫であって、その名は万軍の主。あなたをあがなわれる者は、イスラエルの聖者であって、全地の神ととなえられる。」
(イザヤ54:5)

新約の時代、花婿は救い主イエス・キリスト、花嫁は教会でありクリスチャン一人ひとりのことを表します。

「キリストがそうなさったのは、水で洗うことにより、言葉によって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、また、しみも、しわも、そのたぐいのものがいっさいなく、清くて傷のない栄光の姿の教会を、ご自分に迎えるためである。」
(エペソ5:26-27)

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詩篇の記者は花嫁に向かってこうアドバイスします。

「娘よ、聞け、かえりみて耳を傾けよ。あなたの民と、あなたの父の家とを忘れよ。」
(詩篇45:10)

過去とは縁を切りなさい、ということです。

これから夫となる人と新しい生活を始めるのだから、

「あなたの民と、あなたの父の家とを忘れよ」

という程の強い表現で今までの出来事やつながりを忘れ、新しい夫を愛することに全力を注ぎなさい、ということです。

この夫は良い人だからです。

「あなたの王のつえは公平のつえである。あなたは義を愛し、悪を憎む。」
(詩篇45:6-7)

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「これは主が設けられた日であって、われらはこの日に喜び楽しむであろう。」
(詩篇118:24)

この新しい一日を主と共に歩んで参りましょう。

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2014.07.22

今日のみ言葉【No.874】(2014年 7月22日)

主よ、起きてください。なぜ眠っておられるのですか。目をさましてください。われらをとこしえに捨てないでください。
(詩篇44:23)

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マレーシア航空機が撃墜されるという衝撃的ニュースが伝えられています。

ロシアとウクライナの紛争に巻き込まれて誤爆されたのは間違いないようです。

両国とは何の関係もない一般人が何百人も犠牲となりました。

イスラエルとパレスチナ間の紛争が激化し、兵士のみならず民間人も巻き添えになり、多くの人々の命が失われています。

このような現実の中、私たちはどう祈り、どのように生きる方向を定めて行ったらいいのでしょうか?

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詩篇第44篇は国家的苦難に遭った時の詩篇です。

「主よ、起きてください。なぜ眠っておられるのですか。」
(詩篇44:23)

という叫びは、なぜ国が滅び、戦で人々が殺され、補囚として異国に連れられていくのかわからないという思いから出ています。

つまり、こんな目に遭うのはおかしい、この苦しみは不当だ、という思いからの叫びです。

苦難を思いもかけない不当なものだと見ると、神に対する恨みの詩篇となります。

苦難を自分たちが神に背いた報いだと受け取ると、悔い改めの詩篇となります。

どちらも人間の自然な反応です。

旧約聖書の詩篇はそのどちらも載せています。

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しかし新約聖書では、苦難は災であるという見方から、祝福であるという見方に転じています。

「ところがわれらはあなたのためにひねもす殺されて、ほふられる羊のようにみなされました。」
(詩篇44:22)

と書いてある個所は、パウロによって以下のように引用されています。

「だれが、キリストの愛からわたしたちを離れさせるのか。患難か、苦悩か、迫害か、飢えか、裸か、危難か、剣か。『わたしたちはあなたのために終日、死に定められており、ほふられる羊のように見られている』と書いてあるとおりである。」
(ローマ8:35-36)

詩篇の記者が絶望を味わった苦難は、パウロも同じように体験しました。

しかしパウロが違っていた点は、

「だれが、キリストの愛からわたしたちを離れさせるのか。」

と、試練によってキリストの愛がさらに浮き彫りにされるという実感でした。

「しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある。」
(ローマ8:37)

詩篇の記者もパウロも同じように自分の死を目の前にしました。

しかしパウロは復活の希望があるがゆえに、死を恐れることなく、苦難を通して神の祝福の連続を見る日々を過ごしたのです。

ここに旧約と新約の違いがあります。

イエス・キリストの十字架によって、信じるだけで救われる福音を味わった世界は、かくも違うものとなりうるのです。

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「どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできない」
(ローマ8:39)

と言われる神の愛に信頼する一日を送ってまいりましょう。

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2014.07.21

今日のみ言葉【No.873】(2014年 7月21日)

なぜわたしは敵のしえたげによって悲しみ歩くのですか。
(詩篇43:2)

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東日本大震災の時、何時間もかけてようやく家にたどり着いた方も多かったでしょう。

Aさんもその一人で、たまたま元アメリカ兵の同僚と帰る方向が一緒でした。

Aさんは道々、

「明日は電車が動くかな」

「今頃震源地はどうなっているんだろう」

と口にすると、そのアメリカ人が一喝しました。

「先のことは考えるな!」

「今にフォーカスしろ!」

これが米軍直伝のサバイバルテクニックだったからです。

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「なぜこんなことになってしまったのか?」

と原因を探ることも時に必要ですが、それは過去に焦点を当てることで、緊急時にはむしろ不必要です。

「この先どうなるのだろう?」

と明日のことを不安がっても、エネルギーを消耗するだけで緊急時にはメリットはありません。

どうにもならないことに目を向けず、

「今できることは何か?」

と今どうするかだけ考えることが生き残るための奥義なのです。

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「なぜわたしは敵のしえたげによって悲しみ歩くのですか。」
(詩篇43:2)

と悲しみに沈む時もあるでしょう。

詩篇にはこのような嘆きがたくさん残されていますから、人間の自然な感情として嘆き叫んでよいのです。

しかしどこかで、

「あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。」
(マタイ6:27)

という御言葉に耳を傾けなければなりません。

そして聖書はこう語ります。

「だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。」
(マタイ6:34)

昨日と明日をシャットアウトして、今日一日だけに生きる。

ここに緊急時を生き抜いていく秘訣があります。

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神は今日一日分だけの重荷を背負いなさいと語っています。

昨日と明日の苦労はすみやかに手放し、今日の分だけの苦労をさせていただきましょう。

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