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2014.10.31

今日のみ言葉【No.928】(2014年10月31日)

新しき歌を主にむかってうたえ。主はくすしきみわざをなされたからである。その右の手と聖なる腕とは、おのれのために勝利を得られた。
(詩篇98:1)

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2014年のプロ野球日本シリーズは、ソフトバンクホークスが阪神タイガースを下し、日本一に輝きました。

評論家たちは、今年、他球団以上の大補強をした王貞治氏の働きをクローズアップしています。

王監督時代、日本一に手が届きませんでしたが、監督を退いた後も勝利への執念は枯れていなかったのです。

それは現役選手時代、読売ジャイアンツ9連覇の大黒柱として勝利の時代を経験していることが秘密です。

勝利を知る人は、勝利を求め、勝利を得るまで戦い抜くのです。

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今日の聖句の

「その右の手と聖なる腕とは、おのれのために勝利を得られた。」

とは、神がイスラエルの民をバビロン補囚から救い出し、故国帰還を果たさせたことを言っています。

これは、民が頑張った末にとうとう帰って来ることが出来た、ということではありません。

神が、

「おのれのために勝利を得られた」

のです。

神はご自身のために戦い、ご自分のために勝利を得られるのです。

私たち人間はその戦いに参加させていただいているに過ぎないことを覚えましょう。

もちろん神は私たちに役割を与えられ、もし人間がそれを怠れば、時に致命的結果になってしまうほどまで任せておられます。

これは驚くべきことです。

ですから、私たちは本当に一生懸命、真剣に人生を生きなければなりません。

しかし、

「自分が頑張って、勝利を我が手で得た!」

と思ってしまったら、それは大きな勘違いであり、いつしか自分が周りの人々の助けで祭り上げられている単なる「お山の大将」であることが見えなくなっている証拠です。

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そのような「お山の大将」的監督がいるとしたら、チームが勝った時は

「私の采配がズバリ当たりました!」

というインタビューになり、逆に負けた時は、

「○○選手と☓☓選手のあのプレーはいただけませんな!」

というインタビューになります。

うまく行った時は自分のせい、うまく行かなかった時は人のせい。

これではその下で戦う選手の勝利への意欲が上がるはずはありません。

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うまく行った時は、

「神がおのれのために勝利を得られた」

と神を崇め、神のチームの一員として優勝の喜びに浸ることが良いのです。

これが謙遜ということです。

うまく行かなかった時は、自分のせいにして落ち込むことなく、神のご計画があることを思っていれば良いのです。

そして、

「必ず最善となる」

と信じて、昨日までと同じように今日のチャレンジに移ること。

これが謙遜ということです。

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神は必ず勝利を得られるお方です。

今日も勝利を確信し、神のチームの一員として謙遜を鍛え磨く一日として参りましょう。

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2014.10.30

今日のみ言葉【No.927】(2014年10月30日)

光は正しい人のために現れ、喜びは心の正しい者のためにあらわれる。
(詩篇97:11)

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詩篇第97篇は、バビロン補囚から帰還したことを喜び賛美する歌です。

70年間も捕虜となっていた民族が母国に帰って国を再建できるなどとは、いかに優秀な人が考えても全く不可能なことです。

しかしそれは実際に成就したのです。

イスラエルの民が故国に帰れるように努力したからではありません。

異国であるバビロニアの都市バビロンで、先祖たちが犯した罪を認め受け入れた結果です。

そして、

「神から見捨てられたから、このままここに居ざるを得ない…」

のではなく、どこにいても神はいらっしゃると悔い改め、

「神は私を見捨てず、今ここで共におられる。」

という新たな信仰に目覚めたからです。

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神の前に自分は罪人であると認めることが、神の前での義しさ(ただしさ)です。

「自分は本当にダメだな〜」

と、自己卑下ではなく、罪人である自分をすんなりと受け入れられたら、十字架のイエス・キリストはあなたのすぐそばにおられます。

その場で神の義があなたに与えられ、キリストの力と愛があなたを通して周りに流れていきます。

まさに

「光は正しい人のために現れ、喜びは心の正しい者のためにあらわれる。」
(詩篇97:11)

の御言葉が成就するのです。

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Kさんは愛と親切にあふれた方です。

彼女を慕って相談に来られる方が後を絶ちません。

多くの人が解決のヒントを得、嬉々として自分の生活の場に戻っていくのに、一人だけグジュグジュと彼女から離れない人がいました。

その人をケアするのに、徐々にKさんの負担が増してきました。

「またですか…」

「面倒くさいなあ…」

それは、経済的にも時間的にも愛においても、

「自分のもの」

が削り取られていく感覚でした。

とうとうその人が疎ましく感ぜられ、

「いい加減にしてよ!」

という声が喉元まで出かかる自分を発見し、彼女は愕然としました。

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もしそこで

「いい人」

をやり続けていたら、彼女は破滅していたでしょう。

しかしその時、

「私、やさしくないんだ…」

と思うことが出来たのです。

つまり、やさしくない私を

「ダメなもの」

として覆い隠し、むしろ逆に

「愛にあふれる善意の人」

を装おうとはしなかったのです。

これこそ自己受容の見本です。

「やさしくない私」

という本来あってはいけないはずの自分を認め、それを素直に受け入れている姿です。

神の前での罪人たる自分を認めるとはこのようなことです。

そのような自分を知り、認め、ゆるしていると、その自己受容度に応じて人はKさんの中に

「癒し」

を見つけていくのです。

多くの人たちが彼女を通して癒されていくのはそのような理由からだったのでしょう。

優しくない自分を引き連れて、

「その私、ここにいてもいいよ」

と側に置いて人と接していけば、あとはイエス様があなたを通して人の心に触れて下さり、癒しを与えてくださるのです。

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キリストの十字架のゆるしを信じるということは、ありのままの私を自分でもゆるし、

「その私、ここにいてもいいよ」

と自分を受け入れて生きることです。

それこそ神が「正しい」とされる生き方です。

光と喜びがあなたから現れてくる一日として今日を大切に生きて参りましょう。

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2014.10.29

今日のみ言葉【No.926】(2014年10月29日)

新しい歌を主にむかってうたえ。全地よ、主にむかってうたえ。
(詩篇96:1)

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歌は世に連れ、世は歌に連れ。

日本レコード大賞受賞曲を私が生まれた1960年(昭和35年)から10年ごとに追って行きます。

・1960年
「誰よりも君を愛す」 松尾和子、和田弘とマヒナスターズ

・1970年
「今日でお別れ」 菅原洋一

・1980年
「雨の慕情」 八代亜紀

・1990年
「おどるポンポコリン」 B.B.クイーンズ

・2000年
「TSUNAMI」 サザンオールスターズ

・2010年
「I Wish For You」 EXILE

同じラブソングでありながら、松尾和子の「誰よりも君を愛す」とエグザイルの「I Wish For You」では全く違います。

歌の題名も、ここ10年間で純日本語のタイトルは、「一剣」(氷川きよし)と「蕾」(コブクロ)の2つしかありません。あとは全部英語です!

時代を反映して歌は変わり、新しい歌となっていきます。

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聖書にも

「新しい歌を主にむかってうたえ。全地よ、主にむかってうたえ。」
(詩篇96:1)

と書かれてあります。

新しい時代になったので新しい歌を歌え、ということなのでしょうか?

その通りです。

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イスラエルはエジプトの奴隷から解放され、カナンの地という約束の土地まで与えられていました。

しかし彼らは、祝福を与えようとする神のみ心に反して、自分たちの思い通りの生活をしました。

神は悔い改めをさせるために何人もの預言者を送りましたが、彼らは無視され、虐げられ、犠牲者となりました。

そしてとうとう、王国は2つに分裂し、北イスラエル王国はアッスリヤに滅ぼされ、南ユダ王国はバビロン補囚の憂き目に会い、国は無くなり、イスラエルは地球上から姿を消しました。

これが歴史上の真実です。

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しかしその70年後、時代は変わり、彼らはバビロンから解放され、故国イスラエルに戻ります。

土地は荒れ果て、かつての栄光は見る影もありませんでした。

しかし時代は確かに変わったのです。

ですから、

「新しい歌を主にむかってうたえ。全地よ、主にむかってうたえ。」
(詩篇96:1)

なのです。

古い歌に飽きたので新しい歌を作って歌う、というのではなく、全く新しい経験をし、神に対する新しい思いが与えられたので、それを賛美する歌を歌いなさい、ということなのです。

私たちもその意味で、新しい歌を歌う一日が、今日与えられています。

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Oさんは社会を支える実直なお父さんです。

教会に来る前は、演歌が彼のレパートリーでした。

いわゆる、

「海・酒・涙・女・雨・北国・雪・別れ」

という歌詞の世界です。

ところが彼が教会に来て、神様から愛されているというメッセージを聞いてから、

「私は『神様から愛されている』と思うと、心臓がトカトカしてくるんですよ。」

と笑顔で言うほどまでに変わりました。

当然口ずさむ歌もゴスペルソングへと変わりました。

「神・感謝・喜び・栄光・力・愛・救い・祝福」

新しい経験をされたOさんは、この新しい世界で味わった新しい経験を新しい歌で歌っているのです。

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神は今までにない新しい体験をさせて下さいます。

今日も新しい歌を歌い、賛美の一日を送って参りましょう。

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2014.10.28

今日のみ言葉【No.925】(2014年10月28日)

さあ、われらは主にむかって歌い、われらの救の岩にむかって喜ばしい声をあげよう。
(詩篇95:1)

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教会の礼拝は賛美で始まります。

美しい讃美歌のメロディーを口ずさむ時、心がジワーッと運転しだすのを感じます。

いろいろな重荷を抱えた状態で礼拝に来て、いきなり「感謝」をするのは難しいかもしれませんが、「賛美」をするのはそれほど大変なことではないと思います。

神様が造られた大自然を「素晴らしいなあ!」と賛美する。

神がなされた人生のわざを「すごいなあ!」と賛美する。

神が神であるゆえに賛美すること。

一日の最初に神を賛美することから始めると、あなたの人生のエンジンはうまく動き出します。

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詩篇第95篇は最初から賛美で始まります。

「さあ、われらは主にむかって歌い、われらの救の岩にむかって喜ばしい声をあげよう。」
(詩篇95:1)

問答無用で「賛美せよ!」と命ぜられているような強烈なスタートダッシュです。

なぜなら、人生とは自転車のようなものだからです。

気がついたら自転車の上に乗ってハンドルを握っています。

そのまま何もせず、止まっていたら倒れて痛い思いをしてしまいます。

まずペダルを踏んで漕がなければなりません。

そうすることによって倒れることなく前に進み、快適な風を顔に浴びながら、歩いただけでは行けない遠いところまで自由自在に走って行くことができます。

賛美はこのように人生を動かし、滞ったままで味わう苦痛を避けさせる最善の神の方法なのです。

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NHK紅白歌合戦の豪華衣装で有名な歌手の小林幸子さん。

下積みの苦労の末、「おもいで酒」の大ヒットで数々の賞を受賞しました。

順風満帆な歌手人生が続き、いよいよ事務所を独立した直後、ストレスからか声が出なくなりました。

このことをきっかけとして、クリスチャンのお姉さんに導かれ、小林幸子さんは洗礼を受けます。

彼女はまだ讃美歌のCDを出しておられませんが、今年、デビュー50周年を記念してしてのシングル曲「越後に眠る」を聞くと、歌詞をちょっと変えればほとんど讃美歌なのではないかと思えます。

「越後に眠る」
 作詞:なかにし礼
 作曲:都志見隆

人の物語は
つらいことがつづくけど
終わりよけりゃ
生きてきたのも 無駄じゃない
いつかあなたの優しさに
ご恩返しをしたいと思う
あなたから離れない
母のように愛したい
命なる ふるさとよ
越後に眠る

私はいつか教会で小林さんが信仰を表明し、あの歌唱力で神を賛美をする姿を思い描き、祈っています。

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気分が乗る乗らないにかかわらず、まず神の素晴らしさを、1つ、

「すごいなあ!」

と言葉に出して賛美してみましょう。

天に顔をあげて進む一日がスタートします。

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2014.10.27

今日のみ言葉【No.924】(2014年10月27日)

わたしのうちに思い煩いの満ちるとき、あなたの慰めはわが魂を喜ばせます。
(詩篇94:19)

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中国の習近平政権は、贈収賄など汚職の撲滅を主要な政策課題としてスタートしました。

共産党幹部のみならず、地方の役人、果ては命をかけて国を守るはずの軍部にまで腐敗が浸透しているというのです。

資本主義、社会主義等の政治体制によっては人の心は変えられないことが、はからずも証明された形です。

人間の罪が処理されない限り、真の解決はありません。

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詩篇第94篇の記者は、このような社会の不正に憤りを感じ、神に訴えます。

「地をさばかれる者よ、立って高ぶる者にその受くべき罰をお与えください。」
(詩篇94:2)

しかし、いつまでたっても天罰は下らず、不義を行う者はのさばるばかりです。

祈りは聞かれず、神はいないように見える…。

これが彼の味わった現実でした。

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どんなに悪を告発しても解決に至らず、心に平安もないこの詩篇の記者はどうなったのでしょう?

彼は、はたと次のことに気づきます。

「耳を植えた者は聞くことをしないだろうか、目を造った者は見ることをしないだろうか。」
(詩篇94:9)

全く当たり前のことですが、耳を造った神は聞いておられ、目を造った神が見ておられないはずはない、ということに気づいたのです。

このことに気づき、神におまかせすることだ、と悟った彼に、初めて平安がやって来ました。

「あなたはその人を災の日からのがれさせ、悪しき者のために穴が掘られるまでその人に平安を与えられます。」
(詩篇94:13)

これは不正に目をつぶり、見てみないふりをし、放置することではありません。

あくまで神がなされる業に目を止め、自分の基準とは全く違う神の正義が全うされるように祈り、ゆだね、自分が報復することをやめることなのです。

「愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、『主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する』と書いてあるからである。」
(ローマ12:19)

神の報復におまかせする時、私たちの心は平安と喜びに満たされます。

「わたしのうちに思い煩いの満ちるとき、あなたの慰めはわが魂を喜ばせます。」
(詩篇94:19)

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ある教会が老人福祉施設を建設するため、付近の住民の方々向けに説明会を開きました。

すると、「家の前の道路を工事車両が通ると交通が混雑する、危険だ」等々、反対の嵐です。

責任者となっていた牧師は、反対派の中心のAさんと話し合い、粘り強く交渉し、数年後にようやく老人ホームの完成にたどり着きました。

さて、その施設に最初に入居した人は誰だったのでしょう。

他ならぬAさんだったのです。

数年前とはガラリと体調が一変し、どうしようかと考えた時、

「家に一番近くて、しかも一番新しい施設だから」

という理由でご家族共々選ばれたのでした。

神のわざは私たちの思いを遥かに越えて成されるのです。

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神のわざに委ねる一日を今日も歩んで参りましょう。

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