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2015.01.31

今日のみ言葉【No.969】(2015年 1月31日)

主よ、あなたはわたしを探り、わたしを知りつくされました。
(詩篇139:1)

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腸の中に善玉菌と悪玉菌があることが知られています。

皆さんの中にも善玉菌を増やそうしてと、納豆を食べたりヨーグルトを食べてせっせと体内培養に努めておられる方もいらっしゃるでしょう。

実は健康な人の体内では、善玉菌20%、悪玉菌10%という割合なのだそうです。

残りの70%は日和見菌(ひよりみきん)と言って、善玉菌が優勢だと良い働きをし、悪玉菌が優勢だと今度はそちら側について悪い働きに加勢します。

まるでひとつの人間社会のようですが、その腸内細菌の数は一人あたり600兆から1000兆個。重さにして1kg〜1.5kgあるそうです。

そんなことも知らずに私たちは毎日パクパク食べ、神様は私たちの体を不思議な方法で養っていて下さっています。

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詩篇第139篇は、自分も知らない私を完全に知り尽くされた神が描かれています。

それはちょうど世界的名医が私たちの体を診察してくれているようなものです。

レントゲン、血液検査、MRIで全てデータが出揃っています。隠しようがありません。

「神よ、どうか、わたしを探って、わが心を知り、わたしを試みて、わがもろもろの思いを知ってください。」
(詩篇139:23)

ですからあとは、自分から全てを見せ、自分も自分自身を知ろうとする態度が求められているのです。

詩篇第139篇の最後はこのようになっています。

「わたしに悪しき道のあるかないかを見て、わたしをとこしえの道に導いてください。」
(詩篇139:24)

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医師の指導に素直に従って生活改善をするように、神の導きに従うこと。

この一事に尽きます。

自分を一番良く知り、知り尽くされた方にゆだねる人生を送って参りましょう。

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2015.01.30

今日のみ言葉【No.968】(2015年 1月30日)

たといわたしが悩みのなかを歩いても、あなたはわたしを生かし、み手を伸ばしてわが敵の怒りを防ぎ、あなたの右の手はわたしを救われます。
(詩篇138:8)

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前向き肯定的に生きる人には成長の段階があるように見えます。

まず、

「ダメだ。世の中は問題だらけだ。」

と、マイナスしか見えないところから、

「悩みもあるけど良いこともある」

というニュートラルの中立的立場、プラスマイナスゼロの場所に到達します。

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ここからまず

「良い方だけ見る。悪い方は捨てる。」

という段階に進みます。初級コースの受講者です。

周囲の人から見ると、

「何とまあ現実離れした考えをするのか…」

と思われますが、仕方ありません。スタート時はそれくらいの勢いがないと離陸できないのです。

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次に、

「前向きに生きないと体にも心にも良い影響が出ないから、あまり納得がいかないけど、仕方ないから前向きに生きる。」

という段階に来ます。中級コースの受講者です。

この人は言われた通り前向きに生きてみたのです。

すると問題は全て解決するかというと、そうでもない現実に出会います。

そして、良いことも悪いことも両方あるという壁に突き当たった末の結論として、

「当分前向きに生きてみよう」

と決心なさったのです。

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さて、上級コースの人はどう受け取るのでしょう?

この方々は初級・中級を経て、キリストの次の言葉を当然のこととして受け入れられた方々です。

「あなたがたは、この世ではなやみがある。」
(ヨハネ16:33)

今日も私たちの行く手に悩みがあって当然。

今日も朝日が昇るくらい当たり前のことをいまさら言わなくてもいいでしょ、というほどサラっとしておられます。

そしてイエス様の次の言葉

「しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」
(ヨハネ16:33)

を自分のものとしています。

勝っているから前向きに生きるのです。

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今日の聖句の

「たといわたしが悩みのなかを歩いても、あなたはわたしを生かし、み手を伸ばしてわが敵の怒りを防ぎ、あなたの右の手はわたしを救われます。」
(詩篇138:8)

は、この上級コースを卒業した人の実感です。

悩みはあります。

しかし多くの問題は既に神様が解決済みで、私に降りかからないように未然に防いでいてくださっていると彼は信仰によって受け取っています。

そして降りかかってきた僅かの問題は、自分の力でやってみなさいと神様が許可して与えてくださったものであり、それすらも神はその右の手をもって救いだそうとして待っておられるのです。

だから前向きに生きるのです。

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「前向きしか無い!」

という初心者時代から始まり、

「前向きに生きないと失敗するから仕方ない…」

そして、

「勝利し、救われているから前を向いて進む」

という段階を生きる。

人生、じっくり、着実に、神の歩調に合わせて進んで参りましょう。

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2015.01.29

今日のみ言葉【No.967】(2015年 1月29日)

われらはその中のやなぎにわれらの琴をかけた。
(詩篇137:2)

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詩篇第137篇は、イスラエルの民がバビロンに補囚されている時の嘆きの歌です。

それはバビロニアの人々から嘲笑されたことから生まれます。

「われらをとりこにした者が、われらに歌を求めたからである。われらを苦しめる者が楽しみにしようと、『われらにシオンの歌を一つうたえ』と言った。」
(詩篇137:3)

つまり、

「お前たちを守る神がいるなら、なぜ遠く離れたバビロンまで連れられてきて囚人となっているのだ。お前たちを守るというその神様の歌を歌ってみろ。」

というような嘲られ方、からかわれ方を体験したのです。

それに対して真っ向から抗議しても、結果は知れています。

彼らは無言の抵抗として、

「われらはその中のやなぎにわれらの琴をかけた。」
(詩篇137:2)

のです。

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人生、理解できない出来事に囲まれる時があります。

相手から、

「これは一体どうしたことですか?」

と聞かれる以前から、すでに自分の中で同じ質問がぐるぐる回っています。

ただただ、耐えなければならない時期があるものです。

イスラエルの民はこれらの苦難を通されることによって、目の前の現実を通して神を理解するのではなく、神の目を通して目の前の現実を理解する仕方を身につけました。

つまり、苦しみの中にも神は共におられ、そこに神の慰めが伴う、ということです。

苦難が取り去られることが神がいる証明なのではなく、苦難が続く中に神の愛があること。

すなわち、どんな時にも神が共にいらっしゃることが彼らの心に深く刻まれたのです。

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今日がその忍耐の日であるなら、今日一日だけ耐えさせて下さいと神にその力を願い求めましょう。

神様は私たちの想像も及ばない心の成長をさせて下さいます。

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2015.01.28

今日のみ言葉【No.966】(2015年 1月28日)

天の神に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。
(詩篇136:26)

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モテる女性は次の4つの言葉を口癖にしているそうです。

(1)「楽しい」
男性といる時以外でも、「楽しい」と口に出す人はとても素敵な表情をしています。

(2)「すごいね」
こう言われたら、相手は「自分の長所の理解者」としてあなたを見ます。当然好感度アップです。

(3)「そうだね」
じっくり相手の話を聞いてあげることです。

(4)「私たち」
「あなたと私」より「私たち」の方が、心の距離を近づける効果があります。

もちろん相手を大切に思う心が本質ですが、それを表に出して形にするには具体的な言葉や態度が必要です。

思っているだけではダメ。モテるには訓練が必要のようです。

そしてその訓練が身につくためには、繰り返し繰り返しの練習が必要です。

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詩篇第136篇の特徴は、読んですぐわかる通り、

「そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。」

という言葉が各節に繰り返されていることです。

これは、礼拝でレビ人あるいは礼拝を指揮する者が最初に神を賛美し、会衆がそれに対して呼応するという交読形式です。

このようにして、

「神のいつくしみは本当に絶えることがないのだなあ」

という思いが心に根ざします。

これは、短時間で強制的に単純なフレーズを大量に繰り返すマインドコントロール的手法とは違います。

詩篇136篇全体を読めばわかる通り、イスラエルの歴史を振り返り、

「あの時もこの時もそうだったなあ…」

と、しみじみと神の恵みを味わい返しているのです。

この喜びの訓練があなたの心を富ませ、豊かにしていきます。

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いつもニコニコしているビジネスマンのYさんにその笑顔の秘訣をお聞きしました。

神様を賛美することですよ、としか教えてもらえませんでしたが、もう一歩突っ込んで、

「具体的にどこで?」

と尋ねると、

「車の中で運転している時に」

という答が返って来ました。

責任ある会社の地位にいらっしゃいますから、日中なかなか一人になることができません。

しかし、車を運転する時は一人なので、その時間は思い切って、

「ハレルヤ!主よ、感謝します!」

と叫びながら運転しているのだそうです。

するとまず否定的思いから解放されます。

黙って運転していると、仕事上の気になることが浮かんできます。

「あれはどうなっているんだろう」

「あれは失敗だった。あんなことは言わなければ良かった」

しかし彼は、

「天の神に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。」
(詩篇136:26)

と叫び続けているわけですから、そのような否定的思いが入ってくる余地がありません。

運転を終えて目的地に到着した時は、スッキリした思いと顔で車から降りられるそうです。

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賛美の一言を口に出す。その一歩を踏み出す一日として参りましょう。

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2015.01.27

今日のみ言葉【No.965】(2015年 1月27日)

主はおのがためにヤコブを選び、イスラエルを選んで、おのれの所有とされた。
(詩篇135:4)

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アメリカ大リーグで活躍した黒田博樹投手が、元所属の広島カープに戻ってくるそうです。

なんでもアメリカでの21億円の契約を蹴って、広島での4億円の方を選んだということです。

その男気の潔さに賛辞が送られています。

選ぶ選手も素晴らしいですが、選ばれる球団も素晴らしいのです。

「選択」という一つの機会を通して、今まで見えなかった本当の姿が現れてきます。

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「選び」という事に関して、私は今日の聖句に深い感銘と慰めを感ぜずにはおれません。

主なる神は、

「ヤコブを選び、イスラエルを選んで」

とあるからです。

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神はアブラハムを選んで人類の救いの計画を始められました。

彼は人間的弱さの多い人で、何度も神の御心を取り違え、失敗も多くしました。

しかし、神に従う基本姿勢は変わらず、イサクを捧げよという神の命令に従う段階で100%の純粋な信仰にまで高められた人です。

その子イサクは若い時に砕かれたので、一生従順な人として祝福の生涯を歩みます。

しかしヤコブはその名の意味する通り

「押しのける者」

です。

自分の利益第一で兄エサウから長子の特権を奪い取り、数十年後そのエサウと再会する直前、彼は身の危険を予想し、妻子を犠牲にしてでも自分だけは助かろうとする人でした。

彼は神に選ばれるには最もふさわしくない者なのではないでしょうか?

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しかし、

「主はおのがためにヤコブを選び、イスラエルを選んで、おのれの所有とされた。」
(詩篇135:4)

とあります。

「主はおのがために」

すなわちご自分の計画のためにこのようなヤコブを選んだのです。

そして、

「おのれの所有とされた」

とあります。

ヤコブは、ふたりの妻とふたりのつかえめと十一人の子どもたちを連れてヤボク川を渡らせ、向こう岸に残し、自分はまた川を渡って戻ってきます。

自分の家族がもし兄エサウに捕らわれても、自分だけは逃げられるという冷たい算段だったのです。

しかしその夜、神の使いがやって来て、夜明けまで彼と組打ちしました。

「ところでその人はヤコブに勝てないのを見て、ヤコブのもものつがいにさわったので、ヤコブのもものつがいが、その人と組打ちするあいだにはずれた。」
(創世記32:25)

ここにおいてヤコブは逃げることができない体になってしまいました。

つまり、自分の力で生きたいように生きてきた人生に終止符が打たれ、神の御心を受け入れる人生へと変えられたのです。

神の使いは、

「あなたはもはや名をヤコブと言わず、イスラエルと言いなさい」
(創世記32:28)

と名前を変えさせます。

このようにして、神はヤコブを選び、イスラエルを選び、神のご計画を全うする人生へと導いてくださったのです。

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私たちもヤコブと同じように神からのお取り扱いを受けます。

過去にどんないきさつがあっとしても、どんなに自己中心な生き方をして周囲の人を悩ませたことがあったとしても、かならず「もものつがい」を外される時があるのです。

自分の自由が奪われ、

「何のためにこれから生きていけばいいのか」

と思わされる時があるのです。

しかし、その時が神との出会いの時です。

神はあなたをヤコブと同じように選び、ご自分の所有とし、神の御心のためにお用いになろうとされているのです。

その道は楽ではないかもしれません。

しかし、神と共にある人生には、「自分はなぜ生かされているのか」の意味をひしひしと感じられる充実感が伴います。

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ヤコブである私を、イスラエルとして用いて下さる神が今日もあなたに手を差し伸べておられます。

神の御心に静かに従う一日として参りましょう。

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