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2015.02.28

今日のみ言葉【No.992】(2015年 2月28日)

心に憂いがあればその人をかがませる、しかし親切な言葉はその人を喜ばせる。
(箴言12:25)

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今日で2月は最後。明日から3月です。

陽の光が春めいてくると、教会に心の相談の電話が多くなります。

先日、

「現実に飛び込むのが恐くて…」

という方に対して、

「現実など考えも出来なかったあの頃に比べれば、現実を考えられるほど回復したということではないでしょうか」

とお話しして電話を終えました。

もう十分社会復帰が出来る状態になっても、本人としては恐れが先立ちます。

ポンと飛び出していくためには、人は誰でも励ましを必要としているのです。

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今日の聖句の通り、

「心に憂いがあればその人をかがませる」

という状態は、どなたでも経験したことがあるでしょう。

下をうつ向き、ため息を吐き、「どうしたらいいだろう」という考えが頭の中をぐるぐると回っています。

このような時、早く楽になりたいために、人は「答」を求めようとします。

心の相談で、「いっそ死んだら楽になれるかと…」と打ち明ける人はこのような状態から抜けだせないでいる方が多いものです。

その人に、こうだああだと、こちら側からの答えを差し上げても、ほとんど効果がありません。

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聖書が語るのは、

「しかし親切な言葉はその人を喜ばせる。」
(箴言12:25)

です。

まずじっと聞くこと。

そしてすぐ問題を解決しようとせず、「親切な言葉」を語ることです。

それは「慰め」です。

「大変だったですね」
「よくやり抜きました」
「つらかったでしょう」

このような言葉をかけらることによって、「こんな私ではダメだ」と思っていた自分がいかに頑張ってきたか、自分で自分の努力を認められるようになってくるのです。

その人から生きる力が湧いてきて、自分から歩み出していこうとするのは、そのようなプロセスを経てからです。

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神はあなたに生きる力を与えて下さいます。

そのことを信じ、神を見上げつつ今日の一日を歩み出してまいりましょう。

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2015.02.27

今日のみ言葉【No.991】(2015年 2月27日)

施し散らして、なお富を増す人があり、与えるべきものを惜しんで、かえって貧しくなる者がある。物惜しみしない者は富み、人を潤す者は自分も潤される。
(箴言11:24-25)

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台湾で1ヶ月間の教会研修をした際、地元の方が本格的中華料理をごちそうしてくれました。

ただで食べさせていただけるというので恐縮して行くと、

「いやいや、こちらの方がありがたい」

とおっしゃるのです。

正式な中華料理は、あの丸いテーブルに10名いなければならないのだそうです。

10人集まらなければ食事ができないので、例えば3名足りない時は、食べたい7人が3人を無料で招待して食事の席を成立させるという事でした。

さて、無料で豪華な中華料理が食べ放題だと言われた側の人間はどうするでしょうか?

貧乏神学生は何もできないので、食べてお話するだけです。

しかし、少しでもお役に立つ話をしようと思います。

こうやって中華系の人々は全世界で実際の生の情報を仕入れることになるのだなあ、と、その賢さに舌を巻いたのと、与えることによる祝福の大きさに目を見張ったことを覚えています。

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今日の聖句はまさしくその通りです。

新約聖書でもイエス様は

「与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう。人々はおし入れ、ゆすり入れ、あふれ出るまでに量をよくして、あなたがたのふところに入れてくれるであろう。あなたがたの量るその量りで、自分にも量りかえされるであろうから」
(ルカ6:38)

と教えておられます。

与えたら与えられるのはクリスチャンであるなしにかかわりなく、どんな人にも当てはまる神の法則のようなものです。

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朝の通勤ラッシュ時、横道から本道に出ようと機会を伺っている車が見えます。

私は牧師であるにもかかわらず、隣人愛より自分の都合を優先させ、「ごめんね」と心の中でつぶやきながら、止まらずにスーッと走って行きました。

ところが、私の運転する車の真後ろにいたバスは、止まって道を譲ってあげたのです。

バックミラーから見えるバスの運転の仕方に私は顔が赤くなりました。

それからしばらく渋滞の中を観察していると、私が無視した車に対してバスはいちいち止まってあげます。

「市民のバス会社に対する好感度はアップするだろうな。でもあれだと停留所の時刻通りには行かないんじゃないの。」

と私は自分を弁護するためにそう考えました。

ところが、いつの間にかバスはまた私の真後ろにピタリとついていたのです。

あれほど他人を無視して先を急いだ私と、何台もの車を優先させてあげたバスの結果が同じ。

神に従う時に、損をしたように見えても、逆に何倍もの祝福が与えられるとはこういうことかと痛く反省した次第です。

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今日も与える人生を生きて参りましょう。

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2015.02.26

今日のみ言葉【No.990】(2015年 2月26日)

主の祝福は人を富ませる、主はこれになんの悲しみをも加えない。
(箴言10:22)

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作家の村上春樹氏の期間限定公式サイトで、

「村上さんからの【呼びかけ】」

という題の記事があったので、何だろうと思って読んでみました。

かの村上氏ですから、何か世界に発信する大々的メッセージかと思いましたが、頭が禿げた彼氏と結婚して今は幸せだ、という感謝のお便りがあったとのことでした。

そして、呼びかけは、未婚の女性の方々へ、

「髪の薄い男の人たちに対してもっと寛容になってあげてください。」

というものでした。

何か肩透かしを食った感じでしたが、さすが村上春樹先生です。最後はきちっとこう締めくくられています。

「髪の量なんてそんなたいした問題じゃないですよ。人柄が大事です。幸福になるのがいちばんです。そうじゃありませんか?」
http://www.welluneednt.com/entry/2015/02/23/173300

幸せになるのが一番。本質を突いた一言です。

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今日の聖句は、主の祝福について語っています。

それは人を富ませ、さらに、

「主はこれになんの悲しみをも加えない」

ほどにパーフェクトだというのです。

新共同訳聖書では同じ箇所を

「人間を豊かにするのは主の祝福である。人間が苦労しても何も加えることはできない。」

と訳しています。

人が苦労して神の祝福に何か加えようとしてもできないほど、主の祝福は完全なのです。

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ただし、神の祝福が入った宅配便の包装紙は華やかで綺麗なものではなく、大抵みすぼらしいものです。

神の御子キリストという最高の贈り物が人類に与えられた時、そこはベツレヘムの飼葉おけの中でしたから…。

時に主の祝福は苦難や試練という包装紙に包まれて届けられることがあります。

外見のみで判断しないことです。

主の祝福は完全であることを覚え、それをそのままそっと手にし、自分のものとして胸に抱きしめていく時に、神の御心がわかっていきます。

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あなたにとっての主の祝福とは、髪が薄い彼氏なのかもしれません。将来が定まらない息子娘、あるいは、心にグサッと来る人の言葉かもしれません。

外側にとらわれることなく、あえてその包装紙に手をかけ、中を開いた時に、神の祝福をつかむことでしょう。

今日も希望を持って、一歩踏み出して参りましょう。

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2015.02.25

今日のみ言葉【No.989】(2015年 2月25日)

「思慮のない者よ、ここに来れ」
(箴言9:4)

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箴言第9章には2つの宴会が描かれています。

前半は「知恵」が設ける宴会で、後半は「愚かな女」が開く宴会です。

共通していることは、

「思慮のない者よ、ここに来れ」
(箴言9:4)

と、知恵のない者を対象者として集めていることです。

「知恵」は最良の食材を用意し、こう語ります。

「思慮のないわざを捨てて命を得、悟りの道を歩め」
(箴言9:6)

一方、「愚かな女」が出す料理は、どうやら盗んできたもののようです。

「盗んだ水は甘く、ひそかに食べるパンはうまい」
(箴言9:17)

と教えているからです。

そして

「彼女の客は陰府の深みにおる」
(箴言9:18)

とあるように、こちらの宴会に来た人は、命を失い、死への道を辿ります。

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生まれた時から知恵のある人などいるはずがありません。

人は学習しながら段々と知恵を身につけていきます。

ですから、

「思慮のない者よ、ここに来れ」
(箴言9:4)

と言われて当たり前なのです。

問題はその後、どの方向に進み、どのような選択をするかです。

1番目の選択は、どちらの宴会に出席するかです。

当然、「知恵」が主催する方を選びます。

ただし、こちらに来たからあとは自動的に知恵ある者になれるかと言うと、どうもそうではないようです。

知恵に対する2つの反応がある、と箴言の記者は語ります。

教えられた時に、それをあざける不遜な者と、叱られてかえって教師を愛する者の2タイプです。

2番目の選択は、教えられた時にそれを受け入れるか受け入れないか、ということです。

教えを受ける人の中に、一番最初の知恵である

「主を恐れることは知恵のもとである」
(箴言9:10)

が入っているかいないかが、ここで決定的に効いてきます。

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「思慮の浅い自分だなあ…」と落ち込む必要はありません。

神は私たちをそういう者だとして受け入れ、知恵を与えようとして招いてくださっているのです。

そこで神を畏れることを第一に学び、様々な体験を通して、

「神様って、本気になったら、本当に恐いお方だなあ」

という事が心底わかればよいのです。

そのような砕かれた魂は、神の知恵を素直に受け入れていくことでしょう。

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神の招きに従う一日として参りましょう。

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2015.02.24

今日のみ言葉【No.988】(2015年 2月24日)

わたしは正義の道、公正な道筋の中を歩み、わたしを愛する者に宝を得させ、またその倉を満ちさせる。
(箴言8:20-21)

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スマホを初めて使う方のために、基本的な使い方を教える機会がありました。

熱心に「これはどうするのか?」と質問される方でしたが、最後に私は

「これ以上私に質問しないで下さい」

と言いました。

冷たい言葉でしょうか?

いいえ、これは、「魚を求める人に魚の釣り方を教える」ということなのです。

「私は常にあなたに答えられるわけではありません。でも、いつでも答えてくれる存在があります。それがあなたが今手にしているスマホです。」

と言ってから、インターネットで検索する手順を教えさせていただきました。

これでその方は、自分にわからないことがあっても、すぐ答を見つけ出すことが出来るようになりました。

求めたら、必要な知識や知恵はすぐ与えられる時代に私達は生きているのです。

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箴言は聖書の中では「文学書」として分類されています。

第8章では擬人法が用いられ、知恵があたかも人であるかのように語ったり振舞ったり、という表現で知恵の大切さを説いています。

今日の聖句では、「わたし」すなわち「知恵」を愛する者には、

「宝を得させ、またその倉を満ちさせる。」

とあります。何と素晴らしいことではないでしょうか。

しかも、

「わたしは、わたしを愛する者を愛する、わたしをせつに求める者は、わたしに出会う。」
(箴言8:17)

とまで保証されています。

「知恵」は自分が求められることを熱望しているのです。

旧約聖書でソロモン王は知恵を求め、神は知恵を与えただけでなく莫大な富も与えられました。

新約聖書でも

「あなたがたのうち、知恵に不足している者があれば、その人は、とがめもせずに惜しみなくすべての人に与える神に、願い求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。」
(ヤコブ1:5)

とあります。

神様は「とがめもせずに惜しみなく」与えて下さいます。

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ただし、知恵を求めて出会うには、知恵がいる所に求めに行かなければなりません。

「わたしは正義の道、公正な道筋の中を歩み」

とありますから、私達を生かす知恵を得るためには、私達も「正義の道」を歩いていなければなりません。

つまり、知恵を求める目的が私腹を肥やすためではいけない、ということです。

神が与える祝福を他者のために用いていこうとする時、神様は惜しみなく祝福を与えて下さり、知恵を与えてくださるのです。

すなわち、人が愛によって行動する時、神はその人に愛ゆえの知恵を与えてくださるということです。

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卒業シーズンの今、街のあちこちで派手なキャンペーンを目にします。

携帯電話の会社はどのショップも新しくスマホを購入するお客さんを得ようと一生懸命です。

Aさんも高校に入るわが子のためにスマホを買おうと思いました。

しかし自分は従来のガラケー派なので、スマホが何たるかがさっぱりわかりません。

各ショップを回って話を聞いてみるのですが、当然のごとく「こんなに良いことばかりです」というメリットしか話してもらえず、今ひとつ納得ができませんでした。

「どうしたらいいだろう?」

と知恵を求めるAさんに、神様がささやかれました。

「利害関係のない第3者の立場にいる人を探せ」

はっと思い出したのが、その方面に詳しそうなあの人です。

早速行って聞いてみました。

地域最安店のお得な情報でも得られたのでしょうか?

いいえ、そうではありません。

話をしている内に、わが子のために何が良いのか、親としてどういう心構えをしたらいいのか、という点で納得できたのです。

払うべきものは払い、何のためにその犠牲を払うのか、その意味が明確になり、更にお子さんとの今後の親子関係もこうして行こうという決心がついたのです。

まさに神は「正義の道、公正な道筋」へと導いて下さり、「わたしを愛する者に宝を得させ」という御言葉通りに、人間関係も経済的にも豊かな祝福を与えて下さいました。

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誰かを愛するために知恵を求めて行きましょう。

神はあなたに惜しみなく知恵を注ぎ、祝福を与えて下さいます。

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