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2015.04.25

今日のみ言葉【No.1033】(2015年 4月25日)

こうして彼らはそのつるぎを打ちかえて、すきとし、そのやりを打ちかえて、かまとし、国は国にむかって、つるぎをあげず、彼らはもはや戦いのことを学ばない。
(イザヤ2:4)

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今日の聖句はニューヨークの国連本部の壁に刻まれている個所です。

国際平和実現のための施設には最もふさわしい文章でしょう。

しかし、同じ節の前の部分が採用されていません。

4節の冒頭の

「彼はもろもろの国のあいだにさばきを行い、多くの民のために仲裁に立たれる。」

というところです。

「彼」とは救い主メシヤであるイエス・キリストのことです。

この部分を入れると、他の宗教を信奉する国々や、そもそも信仰を否定する国々との意見の相違が生まれ、組織がまとまらないので削除されているのかもしれません。

いずれにしても、人類は平和を求めていても、キリスト抜きでの平和を求めているのが現実です。

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イザヤはキリストが生まれる700年前に活躍した預言者です。

イザヤ書第2章では、他国の軍事力に頼り、金銀の経済力に頼り、占いに頼る当時のイスラエルの姿を批判しています。

彼は世の終わりの姿を神様から啓示され、それを預言しました。

「終わりの日」にはイスラエルが世界の中心となり、キリストが治める平和な世界になっているのです。

世界ではいまだに戦争が絶えない状態です。

たとえ今がそうであっても、様々な紆余曲折を経て、必ず平和な世界が築き上げられることが約束されています。

ですから、まるで「積木くずし」「賽の河原の石積み」のように思える平和の努力は、どこかで必ず実を結んでいくのです。

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今日も平和を祈る一日として参りましょう。

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2015.04.24

今日のみ言葉【No.1032】(2015年 4月24日)

主は言われる、さあ、われわれは互に論じよう。たといあなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。紅のように赤くても、羊の毛のようになるのだ。
(イザヤ1:18)

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預言者イザヤが活躍した紀元前700年頃は、イスラエル社会は神の御心に背く様相を呈していました。

強者が弱者を虐げ、不正がまかり通り、道徳心は廃れ、神殿での宗教行事は形骸化していました。

だからこそ神は預言者を遣わし、イスラエルの民の悔い改めを促しました。

国の衰退と民の堕落の流れをどうするかは、預言者イザヤの言葉を聞く国民一人ひとりの決心にかかっていました。

神は神に背いていった先の滅亡という結果も語りましたが、今日の聖句のように、神に従う時の恵みも語られました。

「たといあなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。紅のように赤くても、羊の毛のようになるのだ。」
(イザヤ1:18)

そしてこの預言は新約聖書のイエス・キリストの十字架において完成しました。

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人生の分かれ道はここです。

神の差し出す手を

「まさかそんなバカなことが…」

と一笑に付してしまうか、

「そこに賭けて生きてみよう」

とするかです。

信じる者には常に「裏切られる」「期待したほどでなかった」という痛みを味わう可能性がつきまといます。

信じなければその痛みは味わいません。

ですから最初から

「そんなうまい話はない」

と決めつけて生きたほうが楽であることは間違いありません。

そして、

「どうせ無理だ」

と否定的方向を信じていれば、必ずその否定的現実を見ますから、

「やっぱりそうだった」

と自分の否定的確信はますます強まり、

「世の中そんなものだ」

と自信を持って言えるようになります。

今日の聖句を受け止めるか拒否するか。

これであなたの人生が決まると言っても過言ではありません。

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ひとたび立ち止まって、神の言葉を聞くひとときを持って参りましょう。

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2015.04.23

今日のみ言葉【No.1031】(2015年 4月23日)

愛は死のように強く
(雅歌8:6)

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チャペルウェディングの司式をさせていただく機会があります。

教会ではなく一般の式場ですから、30分の時間制限があり、牧師の説教は

「3分から5分でお願いします」

と担当者からキッチリ言われます。

ここが牧師の腕の見せ所。

あとで「いい結婚式だった」「いいお話だった」と言われるための秘訣があります。

それは、新郎新婦のために話をするのではなく、その後ろに座っている参列者向けの話をすることなのです。

前に立っているお二人は大概ボーッとしています。

そして、

「次はどうするんだっけ?」

と、この後の手順を考えながらいますから、牧師の話などほとんど頭に入りません。

ヒマなのは親族・友人の方々です。

この方々は家族や子供や仕事のことで問題を抱えながら、忙しい中、義理やお付き合いで無理して来ていることも結構あるのです。

これらの方々へ、砂漠に水が沁みこむ如く、メッセージがスーッと吸収されていきます。

すると話を真剣に聞く人々によって、雰囲気がとても良くなります。

結果的に、いい結婚式だった、ということになるのです。

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雅歌の最終章は、仲違いをしていた二人が愛の関係を再確認し、めでたしめでたしで終わっています。

雅歌の記者は、

「愛は死のように強く」
(雅歌8:6)

と、「死」という語を使ってまで愛の確かさを強調しています。

誰も死から逃れられる者がいないように、私の愛はあなたを離さない、という強い表現です。

人の愛にはもろさがありますが、神の愛は不変なのです。

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旧約聖書のイザヤ書にこのような言葉があります。

「女がその乳のみ子を忘れて、その腹の子を、あわれまないようなことがあろうか。たとい彼らが忘れるようなことがあっても、わたしは、あなたを忘れることはない。」
(イザヤ49:15)

お母さんは自分の産んだ子供を忘れるはずはありません。

そんなことは万に一つもないのですが、もしあったとしても、

「わたしは、あなたを忘れることはない。」

と神は語っています。

そして、

「見よ、わたしは、たなごころにあなたを彫り刻んだ。」
(イザヤ49:16)

と続いています。

「掌(たなごころ)」とは手のひらです。ここに

「あなたを彫り刻んだ」

と神は語っておられるのです。

この神が決してあなたを離れないという約束を心にしっかりととどめておきましょう。

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神の約束を心に思いめぐらす一日となりますように…。

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2015.04.22

今日のみ言葉【No.1030】(2015年 4月22日)

その所で、わたしはわが愛をあなたに与えます。
(雅歌7:12)

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道を譲ってもらった車のドライバーが、譲ってくれた後ろのドライバーにハザードランプをチカチカ点灯して感謝の意を表明するのを目にするようになりました。

された方としては気持ちのいいものです。

ドリームズ・カム・トゥルーの名曲「未来予想図II」(吉田美和作詞・作曲)の

私を降ろした後
角をまがるまで
見送ると
いつもブレーキランプ
5回点滅
ア・イ・シ・テ・ル のサイン

を思い出させます。

※参考「未来予想図II」(つるの剛士のカバー)

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雅歌第7章では男性が女性の肉体の美を褒め称えます。

女性は男性からの愛に

「その所で、わたしはわが愛をあなたに与えます。」
(雅歌7:12)

と応えます。

人は愛されると、内側から愛が呼び覚まされ、今度は自分から愛をもって応えていこうとする存在なのです。

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これはアイシテルの実話です。

Sさん夫妻に男の赤ちゃんが与えられました。

教会の金藤(きんとう)先生は赤ちゃんに会うたびに、

「M君、愛してるよ」

とニコッと笑って呼びかけました。

ご夫妻も、

「ほら、金ちゃんだよ」

と教会に来るたびにM君に呼びかけ、そのたびに「キンチャン」なる金藤先生は

「愛してるよ」

と何度も語りかけました。

さて、月日が経ち、そろそろ「パパ」とか「ママ」とかの言葉が出てもいい頃になりましたが、まだM君からはっきりとした言葉は聞かれません。

よそのお子さんたちが言葉をしゃべりだすの見るにつけ、

「うちの子は遅れているのか…」

とご両親は不安に思いました。

そんなある日、Sさんご一家は教会で金藤先生に会いました。

いつものように、

「M君、愛してるよ」

とニコッと笑って呼びかけると、M君も笑って

「キンチャン」

と言うではありませんか!

ご両親はビックリしました。それがM君が初めて発するはっきりとした言葉だったからです。

まさか、と思って、金藤先生がもう一度、

「アイシテルヨ」

と言うと、

「キンチャン」

とまたニコッと笑ってハッキリと言います。

もう間違いありません。偶然ではなく、M君は意識して言っていたのです。

ご両親は

「ちょっとがっかりだなー」

と笑顔で言いながら、

「愛は通じるものなんだね」

と共に喜び合ったそうです。

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愛を与えることができる程までに愛される一日として参りましょう。

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2015.04.21

今日のみ言葉【No.1029】(2015年 4月21日)

わたしはわが愛する人のもの、わが愛する者はわたしのものです。
(雅歌6:3)

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理系の男性は論理的な話し方をしますが、それが楽しい会話になるかというと疑問です。

特に、「要するに、…、ということだね」と、楽しい話も他人の話も全部まとめてしまうのが特徴なのだそうです。

これが多くの女性にとっては不満です。

面白おかしく話した会話は、そのまま楽しめばいいのに、なぜいちいち「要するに」とまとめなければならないのか、と女性はそのような男性の言い方に不快感を持ちます。

しかし、そのような男性に、「わかりやすい」と高評価を与え、恋愛に発展する方もいらっしゃいます。

全く人と人には相性があり、誰と誰がどうなるかはわからないものです。

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雅歌第6章は前章の続きで、男性を拒んだ女性が彼を探し求め、受け入れられた喜びが綴られています。

全く愛とは不合理なものです。

女に閉め出された男でしたが、今は彼女の方が自分を探し求めているのだと知ると、

「わが愛する者よ、あなたは美しいことテルザのごとく、麗しいことエルサレムのごとく、恐るべきこと旗を立てた軍勢のようだ。」
(雅歌6:4)

と、怒ることも仕返しもすることなく、コロッと参っているからです。

つまり、愛は損得で動くものではないということです。

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十字架の愛とはこのような愛なのではないでしょうか?

罪がゆるされるとは、まさに一切が消え去り、全く新しい純白の者として私たちが迎え入れられることです。

「神は、わたしたちを責めて不利におとしいれる証書を、その規定もろともぬり消し、これを取り除いて、十字架につけてしまわれた。」
(コロサイ2:14)

私たちは過去の記憶がありますから、時にチクリチクリと自分を責める時があるでしょう。

しかし神はそのような記憶を一切

「規定もろともぬり消し」

てしまわれたのです。

私たちを愛する方が、「もうない」「どこにもない」とおっしゃっているのですから、キリストの十字架による罪の許しを信じた者は、もう自分いじめはやめることです。

これが神の愛に応え、

「わたしはわが愛する人のもの、わが愛する者はわたしのものです。」
(雅歌6:3)

と宣言して生きていく新しい生き方です。

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神に愛されている新しい人生を送って参りましょう。

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