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2015.09.30

今日のみ言葉【No.1143】(2015年 9月30日)

あなたは自分のために大いなる事を求めるのか、これを求めてはならない。
(エレミヤ45:5)

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櫻井翔さんと言えば、人気グループ「嵐」のメンバーとして大活躍。テレビCMの起用タレントとしても昨年(2014年)トップの実力派アイドルです。

実は彼のお父さんは、総務省の事務次官を務める総務省トップの方です。

ジャニーズ事務所に入らず、父親と同じ総務省に入省できたとしても、きっと良い仕事をしたことでしょう。

今日の45章に出てくるバルクも桜井さんと同じような父親のもとで育ちました。

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バルクは今で言えば政府高官の子弟です。

そのまま親の敷いたレールに乗っていれば、きっと彼は高い地位についていたことでしょう。

しかし彼はエレミヤと出会い、安定した将来が保証されている道を捨て、エレミヤが語る預言の口述筆記者となりました。

もちろんそこには、イスラエルの現状を憂え、これを何とかしようとして神に仕える道を選んだという純粋な気持ちはあったでしょう。

しかし、

「俺がイスラエル社会を正しい道に導き、変えてやる!」

という隠れた野心があったことが伺えます。

それは、

「ああ、わたしはわざわいだ、主がわたしの苦しみに悲しみをお加えになった。わたしは嘆き疲れて、安息が得られない」
(エレミヤ45:3)

という言葉に現れています。

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バルクが同世代の仲間に逆転勝利を見せられると意気込んだチャンスの時がありました。

第36章です。

エレミヤから、神の預言を人々に聞かせるようにという大役を仰せつかったのです。

「こうしてネリヤの子バルクはすべて預言者エレミヤが自分に命じたように、主の宮で、その巻物に書かれた主の言葉を読んだ。」
(エレミヤ36:8)

しかし結果は散々でした。

王の怒りに触れ、エレミヤとバルクは身を隠さなければならなくなりました。

さらにエレミヤはその後、捕えられます。

立身出世を捨ててまでエレミヤに打ち込んだ努力は、全て水の泡になったとバルクは感じたのではないでしょうか。

そして、

「もしかしたら、自分は道を誤ったのではないか?」

「同期の者たちは、あんなに豊かで安定した生活をしているのに、それを自分から捨てた私は愚かだった…」

と嘆いたはずです。

バルクの口から

「ああ、わたしはわざわいだ、主がわたしの苦しみに悲しみをお加えになった。わたしは嘆き疲れて、安息が得られない」
(エレミヤ45:3)

という言葉が飛び出すのは、結局、彼の献身は自分の野望達成のための手段だったからです。

本当に神に仕え、献身している人は、ひとつの出来事が無為に帰し、滅茶苦茶にされても、

「神の御命令だから」

と、また何事もなかったかのように神のために働き出すものです。

残酷な現実ですが、バルクの化けの皮が剥がれた瞬間でした。

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しかしそのバルクに対して、神は素晴らしい愛のみ手で持って対処してくださいます。

まず、

「あなたは自分のために大いなる事を求めるのか、これを求めてはならない。」
(エレミヤ45:5)

と彼を諭し、自分の計画に固執せず、それよりも大いなる神のご計画があることを暗示します。

そして、

「あなたの命はあなたの行くすべての所で、ぶんどり物としてあなたに与える」
(エレミヤ45:5)

と、その神のご計画に携わっている間の命の保証を与えているのです。

自分の計画の終わりは、神のご計画の本格的スタートの時です。

そこから先は、神の命で生かされる人生が始まるのです。

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その後のバルクの人生ですが、種々の資料によると、エレミヤの死後、彼はエジプトから故国イスラエルに戻ります。

そして、口述筆記したエレミヤの預言を、現在の私たちが見る「エレミヤ書」の形として完成させました。

その後、彼はバビロンまで行って、捕囚の民にエレミヤの預言を読み聞かせたと言われています。

バルクは高級官僚にもなれませんでしたし、革命家として人民を救うヒーローにもなれませんでした。

しかし、エレミヤ書という神の言葉を後世に伝え、神の祝福の基となりました。

この祝福は永遠なるものです。

「あなたは自分のために大いなる事を求めるのか、これを求めてはならない。」
(エレミヤ45:5)

この御言葉は、人間の夢を一時的に打ち砕きますが、本当の意味でその夢を遥かにまさる形で実現させようとする神の愛の言葉なのです。

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神のご計画を探し当てる今日の一日として参りましょう。

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2015.09.29

今日のみ言葉【No.1142】(2015年 9月29日)

しかし、つるぎをのがれるわずかの者はエジプトの地を出てユダの地に帰る。
(エレミヤ44:28)

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「あそこのパンがカビにくいのは大量の添加物を使っているからだ」

というあらぬ噂をたてられたのは山崎製パンです。

本当のところは、

「工場内が清潔すぎて、製品にカビが生える可能性が少ない」

ということなのです。

では家庭で作ったパンはなぜすぐカビるのでしょうか?

正解は、

「一般家庭の台所はパン工場より汚いから」

です。

衛生に十分配慮し、パンを焼いた後の工程を完全自動化した工場だからこそ、保存料なしでも数日間はカビは生えないのです。

このようなデマが流れている中で、ヤマザキパンの売上はむしろ上がっています。

本物はやはり勝つのです。

エレミヤも、神の言葉が本物であるからこそ、最後まで敵対する者と戦い続けられたのです。

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エレミヤ書第44章は、エレミヤ最後の預言と言われています。

ここでエレミヤはエジプトに逃亡したイスラエルの民と対決します。

彼らの主張は、偶像礼拝をしているうちは豊かだったが、やめたら不幸になった。だからお前(エレミヤ)の言うことには従わない、というものでした。

エレミヤは、それは神が忍耐して悔い改めを待っていたからだったが、その時が終わり、何度も警告されていた災が下されているのが今なのだ、と主張します。

両者は平行線です。

そこで最後に神はこう語られます。

「それならば、あなたがたの誓いをかため、あなたがたの誓いをなし遂げなさい。」
(エレミヤ44:25)

神は放っておかれるというのです。

自由にしなさい、ということは、この場合、神のブレーキを外す、ということです。

「彼らは神を認めることを正しいとしなかったので、神は彼らを正しからぬ思いにわたし、なすべからざる事をなすに任せられた。」
(ローマ1:28)

このようにされた場合の行き着く先は明白です。

ブレーキがなく、アクセルだけの車が加速して行ったら、衝突するまで止まりてくても止まることができません。

「まことにあなたは彼らをなめらかな所に置き、彼らを滅びに陥らせられる。」
(詩篇73:18)

これは神の下される最大の刑罰でもあります。

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しかしその中でも、

「しかし、つるぎをのがれるわずかの者はエジプトの地を出てユダの地に帰る。」
(エレミヤ44:28)

とあります。

少数であっても、神の言葉に耳を傾け、悔い改めて方向転換をする者が必ず残されているのです。

この僅かな人たちは、他の大多数の人たちとは正反対の生き方をするのですから、大変な生きづらさを覚えるはずです。

それはちょうど第2次世界大戦中の日本で、「戦争反対」「この戦争は間違っている」と叫んだ人たちが「非国民」と言われ、白い目を向けられたようなものです。

しかし不思議なことに、どんなに不利な立場になっても、このような人は出てくるのです。

旧約聖書で預言者エリヤが命の危険を感じて逃げ、絶望に陥った時に、神はこう語られました。

「また、わたしはイスラエルのうちに七千人を残すであろう。皆バアルにひざをかがめず、それに口づけしない者である」
(列王紀上19:18)

どんな時でも神は味方を用意していてくださいます。

今はそれが見えないだけです。

信仰を堂々と表明する時、自分の弱さを通して神が働いて下さった証しをする時、その味方が「あぶりだし」のように現れてくるのです。

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私は子供の頃の乳歯から永久歯に変わる時期、偏食のせいで四角い前歯が生えてこず、ギザギザの歯になっています。

小学生の頃はさほど気にしませんでしたが、思春期になるとさすがに見栄えを気にしだします。

その頃から、あまり笑わない努力を始めました。

笑うと歯がむき出しになり、ギザギザの前歯が人の目に触れることを恐れ始めたからです。

どうしてもおかしくて笑わなければならない時は、上唇を一生懸命伸ばして上の歯を隠すという、かなりの変顔で笑っていたのだと思います。

私にとって、笑うこと、楽しい時間は、「ギザギザの歯が見えてしまう…」という恐怖の時間になってしまいました。

私をこの姿に創造し、愛して下さる神様なのだと知ってからも、依然その恐怖は変わりません。

やはり人がどう思うかが気になるのです。

しかしある時、この「変顔笑い」に疲れてしまいました。

そして、

「もう隠すのはやめよう。私を馬鹿にしたり、からかう人が出てもいい。神様がこのように私を作り、愛してくださっているのだから、世界で誰も私を愛さなくても、神一人が愛してくださっていればそれでいいではないか」

と妙な腹のくくり方をしたものです。

そして、ある集会でメッセージをした時に、この歯のことを話し、

「隠すのに苦労してたんですよ。でも、今日から隠しません。神様はこの私を愛しておられるからです。」

と言って、歯をむき出しにして思いっきり笑いました。

すると、何十人かの中で、今まで無表情で聞いておられた数人の方の表情が明らかに変わりました。

その方々が一転して笑っておられるのです。

よく見ると、皆さん、私と同じ、ギザギザの前歯を持った方でした!

私が隠さないので、安心して本当の自分を見せることができたのです。

私も、

「あそこにもここにも私と同じ人がいる」

ということがわかり、

「お役に立てて幸いだ」

という幸福感を味わうことができました。

神様は必ずどこかに味方を用意していてくださることが実感できた時でした。

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ありのままの姿を愛して下さる神様は、見えない味方を用意しておられます。

今日もそのことを信じ、勇気を持って神の愛を証しする一日を送って参りましょう。

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2015.09.28

今日のみ言葉【No.1141】(2015年 9月28日)

主の言葉はタパネスでエレミヤに臨んだ
(エレミヤ43:8)

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非常口を示す標識を思い浮かべてみて下さい。

パッと思い浮かぶのは、「非常口 Exit」と書かれた文字ですか?それとも走る人のイラストですか?

今はどちらでも構いませんが、本当に災害に襲われた非常時では、人はパニックに陥ります。

その時、人の判断力は2歳児同然になるのだそうです。

2歳の子どもでも分かるように、文字だけでなく、あの印象的な絵が採用されているのです。

パニックに陥った時でも、「これだ!」というものがあれば、人は自分を取り戻し、安全なところへ脱出できるのです。

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エレミヤ書第43章では、神から「行ってはならない」と預言されたエジプトへ、エレミヤたちが連れ去られたことが記されています。

彼が聞いた神の言葉では、エジプトにはバビロン軍が攻めてきて、エルサレムから逃げてきた人々は滅亡する運命にあることになっていました。

不本意にもそこに連れ去られ、このままでは自分の預言通り死が待っています。

もし私がエレミヤなら、いても立ってもいられないパニックに陥ることでしょう。

しかし、

「主の言葉はタパネスでエレミヤに臨んだ」
(エレミヤ43:8)

のです。

どんなところにも神はおられ、語ってくださる。

エレミヤが自分を見失わず、生きていられた力の源泉がここにあります。

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この神の力に相当する言葉を現代の医学に探すと、「免疫力」になるのではないでしょうか。

免疫力をアップさせる様々な方法が発見されていますが、一番手軽なのは、笑うことでしょう。

とても笑えない時も人生にはあります。

しかし、赤ちゃんの笑顔に接すると、誰でも思わず頬がゆるんでしまいます。

赤ちゃんの笑顔には神の秘密が隠されているからです。

羊水に浮かぶ8ヶ月の胎児にお母さんが問いかけると、おなかの中の赤ちゃんはニコッと笑うことが確認されています。

これを

「笑う練習をしている」

「笑うように遺伝子が組み込まれ、正常に作動している」

と解釈するのが正しいのだそうです。

専門のドクターが言うのですから間違いはないのでしょう。

しかし、信仰が与えられている私からすると、

「どんな時でもまず笑え。そこから人生は始まる。私はそのようにあなたを創造した。」

と神様が言っておられるような気がしてなりません。

人生は神が共におられるゆえに、どんな時でも笑顔を作り出すことができるのです。

そして、神はそこから生きる力を私たちの内に創造して下さいます。

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どんな時も神が共におられることを思い、ニコッと笑う、笑顔を心がける一日として参りましょう。

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2015.09.26

今日のみ言葉【No.1140】(2015年 9月26日)

十日の後、主の言葉がエレミヤに臨んだ。
(エレミヤ42:7)

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大相撲が開催される両国国技館の自動販売機が故障中です。

その張り紙が秀逸だと話題になっています。

赤い字で大きく

「休場」

と印刷され、その字の脇には

「怪我が治り次第、出場いたします。今後とも応援よろしくお願いします。」

との説明が添えられています。

なんとも粋な取り計らいです。

これを写真に撮る人はいても、揺すったり叩いたりして無理に動かそうとする人はいないでしょう。

しかし、そのようにしたのがエレミヤ書第42章に出てくる人々でした。

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前章で総督ゲダリヤが暗殺された時、バビロン軍から派遣されていた兵士たちも巻き添えになり、殺されました。

バビロンからの復讐を恐れた人々は、エレミヤの所に集まり、今後どうしたら助かるのか、神にお伺いを立ててくれと彼に頼みにやって来ました。

エレミヤはこの願いに対して忠実に神に祈りましたが、神の答を得るまでには時間がかかりました。

「十日の後、主の言葉がエレミヤに臨んだ。」
(エレミヤ42:7)

この10日間、人々は「バビロン軍がいつ来るか」という恐怖に支配され、神への信頼どころではなくなったようです。

エレミヤに伺いを立てていたにもかかわらず、彼らは安全に見えるエジプト逃亡を既に決めてしまったのです。

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時満ちて、エレミヤが神から与えられた言葉は、

「主は言われる、あなたが恐れているバビロンの王を恐れてはならない。彼を恐れてはならない、わたしが共にいて、あなたがたを救い、彼の手から助け出すからである。」
(エレミヤ42:11)

という言葉でした。

つまり、彼らが考えているエジプト逃亡は逆に滅びの道だと告げたのです。

これを聞いた人々は、途端にエレミヤを偽預言者呼ばわりします。

祈りの答が自分たちの思い通りのものではなかったからです。

神にゆだねることができず、待つことができなかった…。

これが現実の人間の姿であり、大きな代償を払って、神にゆだねることが最善であることを私たちは学んでいきます。

聖書はこう語ります。

「主はそのみ言葉に聞き従う事を喜ばれるように、燔祭や犠牲を喜ばれるであろうか。見よ、従うことは犠牲にまさり、聞くことは雄羊の脂肪にまさる。」
(サムエル記上15:22 )

神の御言葉に聞き従うことが最善なのです。

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これは私の個人的経験からのことですが、私が

「いやだなー」

「やりたくないなー」

と思うことは、大概神の御心に間違いありません。

神が服従を求められることに、私の肉の思いが「抵抗」という形で表示されているのです。

また、

「どうも心に示されるなあ…」

という時があります。

私は心配症で、否定的考えに傾きやすく、神経質過ぎるところがあるので、こういうことはよくあります。

全部示されることを行ったら、日常生活は行えません。また、それらが全部正しいとは限りません。

そこで私は周りの人に聞きます。

「今の私、おかしくない?」

「こういう考えって、変じゃない?」

そうやって、家族や教会の方々、友人に話をし、思いを外側に出してみると、段々正しい方向に軌道修正されていきます。

それでも示されることは、多少の損は想定内、として思い切って行動に移します。

すると、まさか会うはずのない人に声をかけられたり、敵だらけと思っているところで思わぬ味方がいたり、というような体験をします。

神の声に従おうとする者に対し、神は不思議なやり方で「共にいるよ」と示して下さるのです。

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主のみ声に聞き従う今日の一日として参りましょう。

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2015.09.25

今日のみ言葉【No.1139】(2015年 9月25日)

イシマエルは、…、バビロンの王がこの地の総督としたシャパンの子アヒカムの子であるゲダリヤを刀で殺し
(エレミヤ41:1-2)

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「ボクのお父さんは、桃太郎というやつに殺されました」

2013年度「新聞広告クリエーティブコンテスト」最優秀賞作品を受賞した山崎博司氏のキャッチコピーです。
(http://www.pressnet.or.jp/adarc/adc/2013.html)

なるほど、鬼の子どもからすれば桃太郎は英雄ではなく、親を殺した悪人中の悪人です。

この作品のタイトルは

「めでたし、めでたし?」

ですが、そう設定したところに山崎氏の訴えたいことが透けて見えるようです。

立場を変えれば、善は悪と見え、悪は善と見えるのがこの世の中なのです。

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エレミヤ書第41章では、エルサレム陥落後のイスラエル(南ユダ王国)を治めるゲダリヤがイシマエルに暗殺されてしまいます。

ゲダリヤの祖父シャパンはヨシヤ王の改革を助けた人であり、父アヒカムはエレミヤを救った人です。

ですから、ゲダリヤは悪を企む人物とは言えなかったでしょう。

しかし、ダビデ王家の血筋を引くイシマエルにとって、王の家系以外の者が国を治めることは許し難いことでした。

まして総督とは言っても結局はバビロンに貢物を納めさせる役目の人物ですから、イスラエルから富を奪っていく人間としか見えません。

イシマエルにとってゲダリヤは「悪」であり、この世から彼の存在を消すことが「善」でした。

人はこのようにして正しいことを行ったつもりで、実はそこからかけ離れていくのです。

人間による善悪の基準ではなく、神からの基準が与えられる必要がここにあります。

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先日、親元から離れた息子の生活が不安定なのでどうしたらいいか、というご相談を受けました。

親としては一生懸命励ましているつもりなのですが、電話で息子さんと話す中に、ある一定のパターンがありました。

最初は必ず

「大丈夫か?」

最後は必ず

「頑張ってな!」

です。

これでは相手にエネルギーが伝わるどころか、かえって奪っていることに親は気づいていません。

「大丈夫か?」とは、相手が大丈夫でない、という前提で出てくる言葉です。

実は親の方が自分の心配を息子にぶつけて

「大丈夫だよ、お母さん」

という言葉を無理矢理子どもから引き出し、安心したいだけなのです。

こうやって子どもからエネルギーを吸い出し、元気をなくさせていることに母親は気づきません。

「頑張ってな!」も同様で、相手が頑張っていないと見えるので、ガンバレと言うのです。

十分頑張っている様子が見えれば、むしろ「休んだら?」と言いたくなるでしょう。輪をかけて「頑張れ」とは言わないはずです。

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「不安定でダメな息子」と、自分からは正しくそう見えるのかもしれませんが、一旦自分の「善」を脇に置いて、神様はどう見ておられるのか、と視点を変えることがポイントです。

神は何と言っておられるのか?

「わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである。」
(エペソ2:10)

「神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。」
(創世記1:31)

神の良き作品である我が子、と見るのが神から見た正しい見方です。

ですから先程の親御さんの言葉は、

「大丈夫か?」→「大丈夫だな」

「頑張ってな!」→「頑張ってるな」

と変えて使っていくことが最初の一歩です。

命である神の言葉を使っていくと、やがてその命が伝わります。

お子さんが生き生きしてくるのがその証拠です。

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私たちを素晴らしい存在として見て下さる神の目で自分を見、神の作品としての歩みを今日も続けて参りましょう。

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