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2016.01.30

今日のみ言葉【No.1221】(2016年 1月30日)

わたしは彼らがその罪を認めて、わが顔をたずね求めるまで、わたしの所に帰っていよう。
(ホセア5:15)

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ホセア書はエフライム(北イスラエル王国)と神との関係を、ホセア夫妻の関係となぞらえて説明しています。

夫ホセアは神であり、妻ゴメルはイスラエルです。

妻ゴメルが夫ホセア以外の男性に身も心も任せたということは、イスラエルがバアルという他の神を信じ礼拝したということです。

これが霊的姦淫です。

そのことを知らせ、妻であるイスラエルに、自分のもとに帰ってくるよう神は何人もの預言者を遣わしましたが、彼らはかえって殺されてしまいました。

神はホセアに対しては、不倫に走った妻を受け入れ、その妻が産んだ子どもを引きとって育てよ、という理不尽と見える命令を下しました。

ホセアは心が引き裂かれるような苦しみを味わいますが、それと同じかそれ以上の苦しみを神も味わっておられるということをイスラエルの民に知らせるためでした。

そして、たとえそうであったとしても、神は反逆のイスラエルを愛していると伝えたのです。

しかし、それでもイスラエルは悔い改めません。

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そこで神はイスラエルから手を引かれます。

「主を求めても、主に会うことはない。主は彼らから離れ去られた。」
(ホセア5:6)

神は私たちから離れることがあるのです。

そして、会わないと決めたら金輪際会ってもらえません。

呼べど叫べど門を叩けど、一切何の反応もないのです。

「我々が滅んでもいいのか!」と人が逆に脅しをかけても、神は滅びるがままに任せます。

実際に北イスラエル王国はアッスリヤに滅ぼされて歴史から姿を消し、南ユダ王国はバビロン補囚の憂き目に遭い、国が無くなりました。

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ただし、神の沈黙は人間を滅ぼすことが目的ではなく、神に立ち返らせるためのものです。

ですから、

「わたしは彼らがその罪を認めて、わが顔をたずね求めるまで、わたしの所に帰っていよう。」
(ホセア5:15)

とあるように、人が罪を認めて悔い改めるならば、神は私たちに顔を向けてくださいます。

神と出会うまでの時間は短いほうが良いでしょう。

早めに自分の位置を確かめ、それていた距離が短いうちに方向転換されることをおすすめします。

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悔い改めは自分との勝負です。

100%完全な人間は存在しません。

あら探しではなく、神の前にまず1つの悔い改めをなし、そこで味わう恵みの体験を積み重ねる一日として参りましょう。

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2016.01.29

今日のみ言葉【No.1220】(2016年 1月29日)

イスラエルの人々よ、主の言葉を聞け。
(ホセア4:1)

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当代随一の人気ジャーナリストといえば池上彰氏が挙げられるでしょう。

政治や経済、世界情勢に詳しくない素人にはわかりやすく解説してくれる反面、権力側には鋭く切り込む実力を持っておられます。

実は預言者ホセアも非常に優秀な社会分析家でした。

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ホセア書第4章では北イスラエル王国の問題がホセアによって明らかにされています。

1-3節では道徳的退廃がはびこっていることが指摘されています。

4-10節では祭司が私腹を肥やし、堕落していると糾弾します。

11-14節はイスラエルの民の偶像礼拝への批判です。

このように神の御心から大きくそれた状態でありながら、北イスラエルは繁栄していました。

「彼らは大きくなるにしたがって、ますますわたしに罪を犯した」
(ホセア4:7)

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物質的繁栄と信仰は別物です。

信仰の結果、繁栄することがありますが、繁栄しているから信仰が厚いかというとそうではありません。

ホセアはこれを

「エフライムは偶像に結びつらなった。そのなすにまかせよ。」
(ホセア4:17)

と記しています。

神が民を、なすがままに任せているのです。

「そして、彼らは神を認めることを正しいとしなかったので、神は彼らを正しからぬ思いにわたし、なすべからざる事をなすに任せられた。」
(ローマ1:28)

これは神が与える最大の罰です。

本人がハッと気づいて止まろうとしたとしても止まりません。

神のブレーキが外されているからです。

やがてどこかに衝突し、自滅を迎えてようやく止まるのです。

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ですから、

「イスラエルの人々よ、主の言葉を聞け。」
(ホセア4:1)

と、まだ神の言葉が聞こえるうちに、きちんとその言葉を聞き、自分の行動と照らし合わせ、直すべきところは直し、認めるべきところは認めていく必要があるのです。

それを無視し、聞き流していると、

「主の言葉を聞くことのききん」
(アモス8:11)

と表現されている時期がやって来ます。

そこまで行かないうちに神に立ち返り、方向転換をされることを切に願ってやみません。

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今日も主の言葉を大切にして生きる一日として参りましょう。

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2016.01.28

今日のみ言葉【No.1219】(2016年 1月28日)

わたしもまた、あなたにそうしよう
(ホセア3:3)

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2015年に命名された赤ちゃんの名前で、最も多く使われている漢字は、

男の子…「太」
女の子…「花」

だったそうです。

「太」からは、たくましく育ってほしいという親の思いが込められている感じがします。

また、「花」からは、花のように愛される人となってほしいという親の思いが感じられます。

しかし、ホセア書に出てくる子供の名前は、そのようなものとは全く違う名前でした。

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ホセアの妻ゴメルは、夫以外の男性との間に出来た子を次々と出産します。

ホセアはその子どもたちを受け入れて育てますが、自分の子でないことは知っていました。

命名の仕方でそのことが分かります。

エズレル(流された血)
ロルハマ(憐れまれぬ者)
ロアンミ(わが民でない者)

その後、ゴメルはホセアの家を出てしまい、奴隷にまで身を落としてしまいました。

ホセアは

「姦淫を行う女を愛せよ」
(ホセア3:1)

との神の言葉に従い、

「銀十五シケルと大麦一ホメル半とをもって彼女を買い取った」
(ホセア3:2)

とあります。

出エジプト記21:32によれば、奴隷一人の値段は30シケルです。

半額の15シケルと、小麦より質の低い大麦という物品で奴隷売買交渉成立ということは、彼女の価値は相当低く見積もられていたということでしょう。

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ホセアは彼女にこう語ります。

「あなたは長くわたしの所にとどまって、淫行をなさず、また他の人のものとなってはならない。」
(ホセア3:3)

ホセアの家にとどまり、他の男のところに行くな、ということです。

これは奴隷を買い取った主人としての命令や束縛ということではありません。

彼は続いてこう語ります。

「わたしもまた、あなたにそうしよう」
(ホセア3:3)

裏切り続けた妻に対して、自分から犠牲を払い、奴隷の身から解放させ、その妻に対して自分も誠を貫き通す。

これがイスラエルを愛する神の愛だと、ホセアの生き方を通して神は人々に知らせたのです。

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この神の愛に思いを巡らせ、神の愛に浸る一日として参りましょう。

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2016.01.27

今日のみ言葉【No.1218】(2016年 1月27日)

アコルの谷を望みの門として与える。
(ホセア2:15)

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「恋は盲目」とはよく言ったものです。

脳科学者の中野信子さんは、

「脳は個体を維持するために危険を避けようと働く。出産には命の危険が伴う。だから人は結婚したがらない。」

「しかし種を保存するためにはリスクを取らせないといけない。そのために、恋愛という麻痺装置が必要になる。」

とシンプルに説明しておられました(「サワコの朝」より)。

恋に陥ると周りが見えなくなり、理性がマヒさせられてしまうのだそうです。

時に暴走して、周囲の人達が事態の収拾に追われることは、日常でも目にすることです。

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ホセアの妻ゴメルは愛人に走ります。

この人は自分の欲しい物を与えてくれる人、つまり、自分を幸せにしてくれる人、と彼女は考えたからです。

「わたしはわが恋人たちについて行こう。彼らはパンと水と羊の毛と麻と油と飲み物とを、わたしに与える者である」
(ホセア2:5)

しかしやがてその浮気相手の男は彼女に飽きて、ゴメルは捨てられます。

そこで彼女は夫ホセアのもとに帰ろうとします。

ところがそれは、夫の心を傷つけたことを後悔し、自分の非を認めて、悔い改めて…、という殊勝な心から生まれた決心ではありませんでした。

ただ単に、男に見放されて生活できなくなり、居心地が悪くなったので、自分にとって都合の良い選択としてホセアを利用しようとしただけです。

「わたしは行って、さきの夫に帰ろう。あの時は今よりもわたしによかったから」
(ホセア2:7)

神はこれがイスラエルの姿だと言います。

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ホセア書第2章の前半は、このイスラエルに対する神の怒りが記され、後半は「今一度やり直そう」という回復の約束が記されています。

「ねんごろに彼女に語ろう」(口語訳)
「優しく彼女に語ろう」(新改訳)
「その心に語りかけよう」(新共同訳)

ただしこれは神がリーダーシップを取っています。

神の側からの語りかけ・働きかけがあって初めて和解と回復が始まるのです。

その時、

「アコルの谷を望みの門として与える。」
(ホセア2:15)

と記されています。

アコルの谷とはヨシュア記第7章に残されている忌まわしい思い出の谷です。

もう二度と思い出したくないあの出来事が、神にあって

「望みの門」

として変えられ、希望のゲートとして開かれるとは何という逆転の祝福でしょうか。

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あなたにとっての「アコルの谷」とは何でしょうか?

記憶の底に埋められていたはずのものが、不意に飛び出し、思い出しては冷や汗をかくあの出来事です。

しかしそれは神にあって

「アコルの谷を望みの門として与える。」
(ホセア2:15)

と約束されています。

望みの門が開かれることを信じ、神の働きを期待する一日として参りましょう。

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2016.01.26

今日のみ言葉【No.1217】(2016年 1月26日)

「行って、淫行の妻と、淫行によって生れた子らを受けいれよ。この国は主にそむいて、はなはだしい淫行をなしているからである」
(ホセア1:2)

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最近、不倫がバレたタレントのCMが一挙に無くなりました。

企業にしてみれば、その人のイメージが自社商品に対する悪い印象へとつながりかねませんから死活問題です。

「不倫は文化だ」と言い放ったタレントも、ある期間、いわゆる「干された」状態になっていました。

してみると、現代日本人の倫理観は荒れ放題というより、ある一定のラインを保っていることが感じられます。

これが崩れないように、そして今以上に健全なものになるように祈り、行動することが神の御心です。

ところが、不貞を働いた妻を受け入れて愛せ、と神から言われたのがホセアでした。

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ホセアという預言者は、自分の破綻した結婚生活を通して神の預言を表した人です。

彼の妻ゴメルには愛人がいました。

ホセアが結婚当初それを知らなかったのか、あるいは結婚後に不倫相手の男ができたのかまでは分かりませんが、ゴメルが産む子供は明らかに自分の子供ではないことだけははっきりしていました。

当時でも現在でも、そうなれば離婚とという流れになるのが当然でしょう。

ところが神はホセアにこう命じます。

「行って、淫行の妻と、淫行によって生れた子らを受けいれよ。」
(ホセア1:2)

別れることはせずに、不貞を働き、裏切り続ける女ゴメルを受け入れ、相手の男との間に生まれた自分とは血のつながりも何もない子どもたちを受け入れて共に生活せよ、ということです。

ホセアには到底理解し難い命令だったでしょう。

また、これは聖書を読む人全てに適用されることでもありません。

預言者ホセアという特定の人に語られた特別の命令だからです。

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彼が生きていた時代のイスラエルは、バアル神の礼拝に傾き、真の神から離れていました。

聖書はそれを

「この国は主にそむいて、はなはだしい淫行をなしている」
(ホセア1:2)

と夫婦関係に例えて表現しています。

しかし神は自分から離れて他の神へと心を向けるイスラエルを愛しておられます。

このことを知らせるために、あえてホセアには、

「姦淫の妻を受け入れて愛せ。これが反逆のイスラエルを愛する神の姿である。」

と行動を通して人々に知らしめ、預言者としての彼の活動をせよと命じたのです。

神の愛は変わりません。

たとえあなたが神の御心に反して進む方向を変えていなくても、神の愛は変わりません。

この神の愛に気づいた時に、方向を変え、ゆだねて再スタートをしていくと、その先には今までとは全く違った新しい世界が待っているのです。

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K君は大学に入ってから虚無感に陥りました。

「この先、就職して、車を買って、結婚して、子どもができて…、それが何になるというのだろう。」

すべてが空しく見え、生きていてもしょうがないと思うようになりました。

彼はあることがきっかけで教会に行くようになりました。

そこで聞いたメッセージは、自分を造り、愛してくださる神様がおられ、その神が自分に対するご計画を持っておられるということでした。

彼は、今までの目標は親や学校の先生が与えてくれていたものであり、また、嫌なことからの逃避として残った選択が仕方なく目標となっていたことに気づきました。

K君は神を信じ、この方に人生をゆだねる決心をしました。

すると、「こうやって行こう」という目標がスルスルと見えてきました。

彼は今自分の人生を生き生きと生きています。

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神の愛に変わりはありません。

このことを信じ、今日の確かな一歩を踏み出して参りましょう。

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