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2016.10.31

今日のみ言葉【No.1400】(2016年10月31日) 040 「金持ちの青年」(1)

すると、ひとりの人がイエスに近寄ってきて言った、「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」。
(マタイ19:16)

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愛を測るものさしが2つあります。

お金と時間です。

誤解のないように付け加えますが、これは「犠牲」ということを表しています。

その人のためにどれだけ犠牲を払ったか。

完全ではありませんが、一般的にはそれで愛情の量というものが大方つかめると言えなくもありません。

お金を自由に使える生活をしていると、自分の力で何でもできるものだと錯覚してしまうのが人間の陥りやすい道です。

この金持の青年は、自信満々でイエス様に挑んできました。

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このお金持ちの青年は、「善い行いを積めば、それに応じて永遠のいのちを得ることが出来るはずだ」と考えていました。

しかし、聖書はその考え方が誤りであるということを宣言しています。

イエス様は彼の思いこみに気づかせるために、あえて「律法を守れ」と言われました。

「もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」
(マタイ19:17)

しかし、人間にはこのことを完全に行う力はありません。

自分自身の真の姿を知らない青年は、なおもイエス様に食い下がっていきます。

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イエス様は彼を軽くあしらうでもなく、たしなめるでもなく、非常に丁寧にカウンセリングしておられることが聖書に描写されています。

その詳細は次回ご紹介いたしましょう。

どこがカウンセリングなのか?

ぜひ明日まで聖書をお読み下さい。

(参考:マタイ19:16-22、マルコ10:17-31、ルカ18:18-30)

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イエス様は私たちのために、時間や労力を省いた効率的対応ではなく、丁寧に時間をかけた非効率的対応で関わって下さることを覚えて参りましょう。

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2016.10.29

今日のみ言葉【No.1399】(2016年10月29日) 039 「イエスのもとに連れてこられた幼な子」(3)

よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない。
(マルコ10:15)

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チャペルウェディングが流行しだした時によくあったことです。

新郎新婦のご両親が、司式をする私に

「先生へのお礼はおいくらでしょうか?」

と尋ねてこられます。私は、

「それは挙式をする会社へのお支払いの中に含まれていますから、どうぞお気遣いなく」

と答えますが、それで引き下がらない方が結構おられました。

親:「先生、本当のことを言って下さい」

私:「いえ、本当に必要ありません。お気持ちだけ受け取っておきます」

すると一呼吸おいた後、

親:「先生、相場はどのくらいなのでしょうか?」

相手の言葉を鵜呑みにしたのでは通らない世の中の苦労を味わってこられた方なのだなあ、と思わされました。

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世の中を渡るための知恵が、神の国を受け入れるのには妨げとなっています。

私たちが人の言葉をその通りに受け取って行動した時、

「常識が欠けている」

「あの人がああ言っているのは謙遜で言っているのだから、本当のところを読み取らなくてはならない」

などと言われ、恥をかいた記憶があるものです。

そのような諸々の出来事によって、私たちの心は傷つき、いつしか「言葉通りに受け取る」ことよりも、その言葉の裏を読んだり、遠慮したりするようになっています。

ですから、

「イエス・キリストの言葉は確かで、昨日も今日も永久までも変わらずに信頼できる言葉です」

と聞いても、

「そうかな?そんなうまいことあるかな?」

と思うも当然です。

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この状態を打開する一案として、キリストの言葉を素直に信じたらどうなるのかを自分の体を使って実験をしてみることをお勧めします。

神の国は平安な国ですから、心が平安になり、ストレスから解放された状態にあることが一つの目安となるのではないでしょうか?

免疫ドクターとして有名な安保徹医師は、ご自分の鼻水によって体調を測っているそうです。

鼻水が黄色くなってネバネバしてくるのは、疲れによる症状のひとつです。

ストレスを感じると交感神経が緊張して分泌現象が抑制されます。

逆に副交感神経が優位になってリラックスしていると、分泌が促進されるのでサラサラした鼻水が出ます。

鼻をかんだ時にズルっとして出にくくなる。

この体の微妙な反応に気づいて、ちょっと休憩を入れると、その後の疲れも重くはならないのだそうです。

神に祈って仕事をし、ゆだねていった時に、鼻水がどうなるのか?

あなたの実験としていかがでしょうか?

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イエス・キリストは、あなたが素直に救いの言葉を受け取るように求めておられるます。

一歩、その方向に進んでみる日として、今日の一日を味わって参りましょう。

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2016.10.28

今日のみ言葉【No.1398】(2016年10月28日) 039 「イエスのもとに連れてこられた幼な子」(2)

幼な子らをわたしの所に来るままにしておきなさい。止めてはならない。神の国はこのような者の国である。
(マルコ10:14)

——————

小学生の英語教室で先生として教え始めた時、私はほとほと困り果てました。

先生の言うことを聞くいわゆる「良い子」もいましたが、やはり子どもというものは、自由奔放、天真爛漫です。

別の言葉で言うと、自分勝手、したい放題ということです。

ちまたで言う学級崩壊とはこのことかと体験しました。

この時から、私の中では

「子どもとは純真な存在だ」

という概念は崩壊しました。

むしろ、

「子どもとはストレートに自分の思いを出してくる存在」

というものに変わりました。

この点をイエス様は神の国を表現するのに用いられました。

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「幼な子のように神の国を受けいれる」とはどのようなことでしょうか。

子どもの一番の特徴が純真さであれば、まったく罪のない、汚れなき魂になれば天国に入れるのでしょう。

しかし、幼な子の特徴は「素直さ」ということです。

言われたことをその通りに受け取り、まっすぐに神様のところに疑いを持たずに来る。

その心の姿勢こそ救いを受け取るのに必要な心です。

その点で、この次の段落に登場する人は

「よき師よ、永遠の生命を受けるために、何をしたらよいでしょうか」
(マルコ10:17)

と、自分の努力で永遠の命を勝ち取り、神の国に自力で入ることを前提にして尋ねてきたのと対照的です。

神の国は与えられるものであり、与えられることを素直に信じて受け取ることを人間は求められています。

これを信仰と言います。

幼な子のようになるとは、このようなことなのです。

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中学生高校生対象の教会のキャンプがありました。

十分に聖書の話を聞き、キャンプ最後の夜、講師がメッセージの最後でポケットから何かをつかみ出し、こう言いました。

「実は僕の手の中にとても大切なものがある。本当に大事なものなんだ。でも、愛とは一番大事なものを与えることだと今私はメッセージしましたから、本当は惜しいけど、欲しい人にプレゼントとして与えます。そう、一番最初に手を上げた人に差し上げます。」

すると我先にと手が上がり、一体誰が一番だったのかわからない状況になってしまった…、わけではありませんでした。

誰も手を上げず、シーンと静まり返ったままです。

真夏の山中でのキャンプだったので、

「先生、ああ言ってるけど、手の中にカエルでも入ってるんじゃない」

とヒソヒソ話が聞こえてきます。

誰も本当だと思わない中、一人の中学生が「ハイ!」と手を上げ、前に進みました。

他の友達が唖然として見守る中、講師の先生は

「僕の言うことを信じてくれたんだね。カエルを握らされるかもしれないよ。それでもいいの?」

と最終確認をします。

するとその子は

「はい、先生がくれるものは絶対にそういうことはなくて、きっと素晴らしいものをくれるんだと思いますから」

と言い切りました。

先生が手を開いたその上には、高価な腕時計がありました。

「これは冗談なんかじゃないよ。本当に君にあげる。たった一人だけ僕を信じてくれた君へのプレゼントだ」

みんなの

「いいなー!」

という大合唱に囲まれながら、彼は嬉しそうに席に戻って行きました。

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永遠の命は、イエス・キリストを信じる者に与えられます。

素直に、「はい、いただきます」と神の御前に進み出て、神様からの祝福のプレゼントを手にする人生。

今日もこの人生の一日を喜びながら歩んで参りましょう。

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2016.10.27

今日のみ言葉【No.1397】(2016年10月27日) 039 「イエスのもとに連れてこられた幼な子」(1)

人々が幼な子らをみもとに連れてきた。
(マルコ10:13)

——————

私たちの教会では次の日曜日の礼拝後、芋煮会をします。

会費、大人300円、子供100円です。

毎年見ていると、確実に大人よりも子供のほうが多く食べています。

しかしそれを「不公平だ」などと不平を言う人はいません。

それより

「おかわりどう?」

「いっぱい食べて大きくなれよ!」

と子どもたちを受け入れ、歓迎する声だけが聞こえてきます。

子どもは愛され、受け入れられ、歓迎されて育つのが当たり前の標準であるとは、まさしくここは天の御国の出張所だな、と思わされます。

マルコによる福音書第10章13節〜16節では、神の国と幼な子の関係が語られています。

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この個所では3つの「なぜ」を問うことができます。

(1)なぜ人々(親)は子供を連れてきたのか?

我が子は可愛いものです。

どうか祝福された幸せな人生を送ることができますように、と親が思い、イエス様に祈っていただきたいと願うことは自然なことです。

「そのとき、イエスに手をおいて祈っていただくために、人々が幼な子らをみもとに連れてきた。」
(マタイ19:13)

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(2)なぜ弟子たちは彼らをたしなめたのか?

ところが、弟子たちにとってこの子どもたちは「よそ様の子」であって「我が子」ではありません。

また、当時、子どもは数に入れられる存在ではありませんでした。

彼らは子どもたちがやって来ることに意味を見いだせず、むしろ、自分たちの活動を妨げる存在と見えたのかもしれません。

「ちょっと、困るよ!先生はもっと大事なお仕事で忙しいんですから、あなたたちのために割く時間はありません。お疲れなのですから邪魔しないで!あっちへ行って下さい!」

そんな弟子たちの声が聞こえてきそうです。

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(3)なぜイエス様は憤られたのか?

それに対して、イエス様は「憤り」という言葉を使うほど強い感情を表されました。

それほど、弟子たちに対して期待をしていましたし、また、子どもたちがみもとにやってくることは大切なことだったのです。

実はそこに神の国に入る秘訣があったからです。

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イエス様は素直に祝福を求めてやって来る人を決して拒むことはありません。

誰が何と言おうと、神を信頼してストレートに求めてくる者を歓迎して下さるのです。

幼な子のような態度で、神にまっすぐ進む今日として参りましょう。

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2016.10.26

今日のみ言葉【No.1396】(2016年10月26日) 038 「水腫をわずらっている人」(3)

そこでイエスはその人に手を置いていやしてやり、そしてお帰しになった。
(ルカ14:4)

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肉・魚・卵・豆類に多く含まれているタンパク質は、私たちの必須栄養素です。

普通に食べて体の一部となるわけですが、もし化学の実験でこれを分解しようとすると、大変な作業となります。

試験管で濃塩酸と共に長時間煮沸してようやく分解されるのです。

ところが私たちの体温はせいぜい37度。

こんな常温で化学反応が次々進むのは、消化酵素のおかげです。

酵素はそれ自体何の反応もしませんが、「触媒(しょくばい)」の働きをなし、自分以外の別の物質の反応を進ませます。

ルカ14章に出てくる水腫の人は、自分は何の働きもしていないように見えて、実は周囲を動かす原因となった触媒のような働きをしました。

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この聖書個所で、水腫をわずらっている人はイエス様と出会い、病を癒してもらいました。

しかし彼は何も語っていません。

また、この人がどんなに喜んだか、とか、その後どうなったか、などの情報は一切記されてありません。

ただ単に

「そこでイエスはその人に手を置いていやしてやり、そしてお帰しになった。」
(ルカ14:4)

と書いてあるだけで、あっさりと彼はいなくなります。

しかし彼は自分の知らないところで、パリサイ人たちがイエス様と出会う舞台設定をしていたのです。

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この水腫が癒やされた人のように、自分がクリスチャンになったことで、全く意図しないことですが、周りの人々が影響を受け、その人たちがイエス・キリストとの出会いを果たす、ということがあります。

あるお宅では、娘さんが最初教会に行ったことで、ご一家がクリスチャンホームとなられました。

また、お子さんの問題で教会に相談に来られた親御さんが、「実は若い頃、教会に行ったことがありまして…」というお話はよく聞きます。

「そう言えば、若い頃洗礼を受けてました。」

と言う人は一人や二人ではありません。

お子さんは親を教会に導いて洗礼を受けさせようとか、信仰を復興させようとかなどとは考えもしていません。

皆、いじめられた過去、不登校、コミュ障などの問題から必死に逃れようとし、解決を求め、その中で神を見出し、信じる決心をしただけです。

自分が生きることで精一杯だったのです。

しかしその生きた過程の中で、その人を通して神様が働き、ご家族や周囲の人々に影響を及ぼし、神のわざを進める働きを知らない間に果たしていたのです。

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水腫の人は全く何もしていません。

しかし彼の存在が他者に神との出会いをもたらしました。

あなたは、何の伝道の働きも素晴らしいこともしていないように感じているかもしれません。

しかし、あなたが神を信じ、クリスチャンとして生き、普通の体温で生活しているだけで、実は多くの人を神の働きの中に巻き込んでいるのです。

その事実は、天国で明らかにされるまで秘密のプレゼントとしてお取り置きされています。

今日もその希望をいだき、当たり前の信仰生活を送って参りましょう。

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