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2017.02.25

今日のみ言葉【春休みのお知らせ】

山形ジョイフルチャーチの丸山芳浩です。いつもみ言葉メールご愛読ありがとうございます。

さて、来週2月27日(月)〜3月4日(土)の1週間、春休みをいただきます。次週3月6日(月)から再開する予定です。

現在の「イエスに出会った人々」シリーズは残り約30名となりました。完結に至るまで継続して配信できるように、また、次のシリーズのためにもお祈り下さい。

冬から春へと移り変わるこの季節、皆様どうぞご自愛下さい。

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今日のみ言葉【No.1484】(2017年 2月25日) 068 「病気の息子を持った役人」(3)

彼は自分に言われたイエスの言葉を信じて帰って行った。
(ヨハネ4:50)

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これはキリスト教ジョークです。

長血を患っていた女がイエス様の衣のふさに触れ、癒されました。

主は「わたしにさわったのは、だれか」と弟子たちと一緒に探しましたが、女は名乗り出ることができず、隠し通したまま家に帰りました。

ところがその晩、彼女の目は爛々と輝き、どうしても眠れません。

「これは行くしかない…」

夜遅く、人々が寝静まった頃、女はイエス様一行がお泊りになっている所へ忍び入りました。

目指すは自分を癒して下さったイエス様の寝床です。

あの御衣を確認しました。自分を癒して下さった主イエスに間違いありません。スヤスヤと眠っておられます。

意を決した彼女は、用意していたハサミを懐から取り出し、イエス様のみ衣のすそをチョキンと切り、大急ぎで家に帰りました。

彼女は寝床につき、切り取った布を堅く握りしめ、こう言いました。

「これでもう一回病気になっても大丈夫だぁー!」

その晩、安心してぐっすり眠ったとさ!(おしまい)

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人は目に見えるものに頼って信じようとします。

しかしイエス様が求めておられるのは、御言葉を聞いて信じる信仰です。

それは、こちらの人格とあちらの人格が、信頼によって結ばれる関係です。

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イエス様から「お帰りなさい。あなたのむすこは助かるのだ」と告げられてから、病気の息子の父親の心と行動は変化しました。

イエス様の言葉は、あくまでもイエス様に来ていただかなければ息子は治らない(救われない)と考えていた父親に、信仰の転換を迫ったのです。

これはなかなか大変なことです。

なぜなら、それは当初の目標を達成できなかったということですから、最初の考えで行くと「負け」になるからです。

それを乗り越えさせたのは何だったのか?

残念ながら、聖書に書いてある文字を通してそこまで読み取ることはできません。

「イエスは彼に言われた、『お帰りなさい。あなたのむすこは助かるのだ』。彼は自分に言われたイエスの言葉を信じて帰って行った。」
(ヨハネ4:50)

これは現実に生きている人間同士の生のふれあい、現場での人格的何ものかが起きたとしか言いようがありません。

この父親は確かにイエス様との生きた出会いを経験し、勝ち負けを越えた神の世界へと向きを変えたのです。

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目に見える生きた実体としてのイエス・キリスト本人を連れ帰ることをやめ、「あなたのむすこは助かるのだ」という言葉をいただき、その言葉を信じる生き方へと彼はガラッと変わりました。

そして、キリストの言葉をそのまま信じ、家へ帰る途中、神の御業を拝することになります。

「その下って行く途中、僕たちが彼に出会い、その子が助かったことを告げた。」
(ヨハネ4:51)

しかも、癒しが起きた時刻は、イエス様が「あなたのむすこは助かるのだ」と言われたその時刻と同じだったことが報告されました。

イエス様から言葉が発せられたから神の癒しの御業が起きたのでしょうか?それとも、父親が信じたから癒されたのでしょうか?

それは分けることができない問題でしょう。

ただ言えることは、イエス・キリストは、あなたに御言葉を信じる信仰を与えて下さるお方だということだけです。

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イエス・キリストとの出会いを身近に感じる一日でありますように…。

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2017.02.24

今日のみ言葉【No.1483】(2017年 2月24日) 068 「病気の息子を持った役人」(2)

イエスは彼に言われた、「お帰りなさい。あなたのむすこは助かるのだ」。
(ヨハネ4:50)

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病気の息子を持った役人に対するイエス・キリストの最初の言葉は何だったでしょうか?

どこに行っても治る見込みがないとされ、最後の最後、わらにもすがる思いで来たお父さんに対してですから、きっと

「主があなたがたのために戦われるから、あなたがたは黙していなさい」
(出エジプト記14:14)

と、紅海を前にして絶体絶命だったイスラエルの民に対してモーセが語ったように、力強い言葉をかけて下さるのでしょうか。

ところが、それは意外な言葉でした。

「そこで、イエスは彼に言われた、『あなたがたは、しるしと奇跡とを見ない限り、決して信じないだろう』。」
(ヨハネ4:48)

これは私の個人的感覚で言うと

「あ〜あ、あんた方は、奇跡を見て信じようとする人たちだもんな…、ハァ〜」

というような、ため息混じりのつぶやきに聞こえます。

今回の奇跡は「第二のしるし」(54節)と書かれています。

「最初のしるし」のカナの婚宴の時、イエス様は

「婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていません」
(ヨハネ2:4)

と、一見、冷たく拒否したような言葉を発しましたが、それと同じような唐突な印象を受けます。

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このことは、信仰のあり方に関連する問題となります。

息子の癒しを真剣に求めているこの父親は、

「カペナウムに下って、彼の子をなおしていただきたい」
(ヨハネ4:47)

「子供が死なないうちにきて下さい」
(ヨハネ4:49)

と訴えました。

そこには、彼流の「癒され方」の手順があります。

ここからカペナウムにある自分の家まで行ってもらって、子どもの命がある間に、イエス様のスーパーパワーが宿っている手を置いてもらえば、その癒しの力が体の隅々へ、そして患部にまで行き渡り、すみやかに病は癒され、子どもは元気になる…。

こういうシナリオを彼は無意識に抱いていたのです。

これが「見て信じる」やり方です。

確かに彼はイエス様を人間の理解を越えた力の持ち主だと認めていました。

そして、現代でも多くの人々が宗教に超自然的なパワーを見出そうとしています。

しかしこれは神を人間の理性の範囲内でとらえようとする試みです。

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イエス様が求めておられるのは「聞いて信じる」ということです。

そこで、この父親に対しては、たった一言だけ告げられました。

「お帰りなさい。あなたのむすこは助かるのだ」
(ヨハネ4:50)

この言葉に対して、あくまで自分のやり方で試練や問題という包装紙を開けようとする人は、

「いや、そうおっしゃらずに、ぜひカペナウムの我が家まで足をお運び下さい。ぜひぜひ、お助け下さい。」

と、謙遜に、かつ大胆に求めていくでしょう。

しかし、この場合は違います。

イエス様がこの父親に求め、そして人間に与えようとしていたのは、神の言葉をそのまま受け取り、信じてその通りに行動していく「聞いて信じる」生き方です。

これが問題という包装紙を開けて、その中に覆われ、隠されていた祝福を得るための神の作法なのです。

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さあ、あなたがこのお父さんの立場にいたとしたら、どうされるでしょうか?

サッと謙遜の衣の中に逃げ込み、あくまで自分の思い描いている導かれ方で願いを押し通し、結果を見るまで信じようとはなさいませんか?

あるいは、「お帰りなさい」という言葉を「見放された」とは受け取らずに、「息子は助かるから帰るのだ」と、イエス様の言葉を聞いた通りに信じていかれますか?

ここは考えれば考えるほど難解なところであり、選択に悩みに悩むところです。

しかし時間はありません。

正解や100点満点の答が出るまで待つことができない場合は、あなたの今の不十分だとしか思えない答を解答用紙に書き込むのです。

あとは天にまかせる。

ここに人生の答があります。

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神の言葉を聞いて信じる道をたどる一日として参りましょう。

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2017.02.23

今日のみ言葉【No.1482】(2017年 2月23日) 068 「病気の息子を持った役人」(1)

この人が、ユダヤからガリラヤにイエスのきておられることを聞き、みもとにきて、カペナウムに下って、彼の子をなおしていただきたいと、願った。その子が死にかかっていたからである。
(ヨハネ4:47)

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逆三角形で赤色の「止まれ」の道路標識が、これから順次付け替えられていきます。

日本語の「止まれ」の表記の下に、英語の「STOP」が追加されるのです。

理由はお察しの通り、2020年の東京オリンピックで訪日する外国人が増加するための備えです。

標識は自分以外の何か重要なことを指し示す働きをします。

ヨハネ福音書では奇跡を「しるし」と呼び、奇跡は別のもっと重要なことを示しているのだ、と読む者に教えているのです。

ですから、イエス様がなされた子どもの癒しの奇跡は、「治ってよかったね」「すごいね」で終わってしまったら、その目的を十分に果たしたとは言えません。

「しるし」が示しているものを、しっかりと捉える必要があります。

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今日の聖書個所の時期、イエス様の評判はガリラヤ一帯に知れ渡っていました。

イエス様のうわさを聞いて、ある役人がやってきました。彼はこの地方の王ヘロデ・アンテパスの宮廷に仕える高官でした。

長期に渡り病状が重く、今まさに死にそうな子供を抱えているこの役人は、自分の財産も高い地位も役に立たないことを感じていました。

いろいろ取りざたされていて、身なりも粗末な田舎出身のイエスという男に、王室の役人である人が息子の癒しをしきりに願っています。

そこには、子供の命が助かるならプライドも何もかもかなぐり捨てて、なりふり構わない父親の姿があります。

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父親は息子のために八方手を尽くしましたが、どうしようもなく、ついにイエス様の前に来ました。

しばしば神の祝福は問題という包装紙に包まれて送られてきます。

この役人も、息子の重病という問題がなかったら、イエス様と出会うという祝福に預かることは一生なかったでしょう。

彼は問題を解決し、問題を無くそうとしていますが、そうすれば問題という包装紙に包まれた神の祝福までも捨ててしまうことになります。

人間は自分の思いつく方法で、力まかせに包装紙をビリビリと破って捨て去ってしまおうと思いますが、必要なことは、ラッピングされているものを神の作法で開けることです。

イエス様は、そうするように彼にチャレンジします。

それが人生の「止まれ」の標識なのです。

そこでどのような反応を示し、どう選択するか。

それが人生の重大な分岐点となります。

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「止まれ」の標識の前では全力で止まりましょう。

そして、神が示されているものをキャッチするよう、祈っていきましょう。

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2017.02.22

今日のみ言葉【No.1481】(2017年 2月22日) 067 「サマリヤの女」(6)

この女は水がめをそのままそこに置いて町に行き、人々に言った、「わたしのしたことを何もかも、言いあてた人がいます。さあ、見にきてごらんなさい。もしかしたら、この人がキリストかも知れません」。
(ヨハネ4:28-29)

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1秒に3〜4文字。1行14文字で2行以内のセリフ。

戸田奈津子さんは、映画の字幕翻訳者として40年間、この制限の中で字幕作りに全精力をつぎ込んでこられました。

ところが、60歳の頃から加齢黄斑変性の症状が出始め、それ以来、右目で仕事をしているそうです。

戸田さんはこう言われます。

「両目が見えなくなったら大変だと思うけど、本当にラッキーに右目は生きているのよ。それだけで、十分。私は」
(https://www.buzzfeed.com/eimiyamamitsu/interview-with-natsuko-toda)

現在は平均月1本の割合で、まだまだ字幕翻訳の第一線で活躍しておられます。

視力を失った左目のことを考えるか、まだ見える右目のことを考えるか。

人生の分かれ目です。

どこに価値を置いて生きるか。これが人生を大きく変えていきます。

イエス・キリストを自分の人生の救い主として信じたサマリヤの女には大きな変化が訪れました。

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(1)水がめをそのままそこに置いて

彼女が必要としていたのは水でしたが、水がめを放り出してしまうほどに意識が変わりました。

自分が必要としているものが全く変化してしまったのです。

「これさえあれば幸せになれる」と思っていた「これ」の魅力がなくなり、真の必要に目覚めたのです。

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(2)町に行き、人々に言った

彼女の人間関係が変化しました。

あれほど人との関わりを嫌い、人間関係を断つためには真昼の炎天下での重労働を厭わなかった彼女が、自分の方から人々との関りを求め、話をするため町に行ったのです。

イエス・キリストに出会い、永遠の命の水をいただいた人の価値観は変わり、自分の必要が変わり、そしてその変化は人間関係のあり方へと及んでいきます。

内に宿した神のいのちは、あなた自身を内側から変えていく力があるのです。

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「以前信じていた宗教関係のものがあったら、私がお祈りして代わりに処分しますから持ってらっしゃい」

と教会に来ていた方々に呼びかけた時がありました。

すると、これが人々の隠れたニードに当たってしまいました。

2〜3人程度で終わるだろうという私の予想以上に口コミは広まり、御札(おふだ)や水晶玉がどんどん送られてきました。

果ては屏風まで持ち込まれ、「これでは廃品回収業者になってしまう」と早々に終了宣言を致しましたが、大変驚いた記憶がありました。

寄せられた物を見るたびに、「きっと、これ、高いお金を出して買ったんだろうなあ」と思わされました。

それまではとてもありがたいものと思っていたに違いないこれら物品が、教会に来てイエス・キリストと出会い、永遠の命をいただき、生きた神との交わりを持ち始めると、途端に魅力がなくなり、処理に困る廃品扱いになるのです。

真の救い主との出会いは、十字架の救いを信じるという全く無代価の世界です。

本物にふれると、その後の人生は本物のみを求める人生となっていきます。

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イエス・キリストはあなたの人生を根本から変える御方です。

真に価値あるものを求める今日一日として参りましょう。

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