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2017.07.31

今日のみ言葉【No.1579】(2017年 7月31日)「 ストレスを消さずに受け入れる」

さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった。
(創世記3:1)

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「なぜ神はサタンを造ったのですか?」

キリスト教入門講座でよく受ける質問です。

「へびさえいなければ、こんなひどい状況にはならなかったのに…」

そのお気持ちには同情できます。

しかし私の答は

「わかりません」

の一言です。

なぜこの世に人間を陥れようとするサタン(悪魔)がいるのかわかりませんが、聖書はその存在は神がいるのと同じくらい確かであると語ります。

エデンの園の物語では「へび」としてサタンが登場します。

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創世記第3章を読み進めていく前に、一つの準備が必要です。

それは冒頭の1節で

「さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった」
(創世記3:1)

とあるように、サタンの存在を否定せず、それを認めることです。

「えっ?人間の心の隙を突いて誘惑し、私たちを破滅に陥れようとする悪魔を受け入れるというのですか?」

いえいえ、悪魔崇拝者になれと言っているのではありません。

私たち以上に賢い悪の存在は確かにこの世にあり、それに振り回されて被害を被ることはあるということです。

人はこの世を生きる時、無傷で過ごせるわけではないのです。

日常生活で例えて言えば、今日もストレスを味わいながら生きることを当然と思って生活するということです。

ストレスフリー、ストレスゼロを目指すと、かえってストレス満載の生活となります。

むしろ、ストレスの源となっているものを受け入れ、しかし神はそれを用いて万事を益として下さるのだと信じて良いことの方に目を向けて生きていく時、人は強さを身につけ、神の祝福を得ていくのです。

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聖書は悪魔への対処はこうせよと言っています。

「この悪魔にむかい、信仰にかたく立って、抵抗しなさい」
(第1ペテロ5:9)

そうすると、続く10節で

「あなたがたをキリストにある永遠の栄光に招き入れて下さったあふるる恵みの神は、しばらくの苦しみの後、あなたがたをいやし、強め、力づけ、不動のものとして下さるであろう」
(第1ペテロ5:10)

と保証されています。

試練やストレスは感じないようにするものではなく、最善となると信じる信仰を堅く持って、しばらくの間、もみくちゃにされながら、わけのわからないところを通らせられるものなのです。

そこを通して「あなたがたをいやし、強め、力づけ、不動のものとして下さる」という約束が自分のものとなるのです。

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今日はストレスの海の中にザブンと飛び込むような一日となるかもしれません。

どんなに溺れようと、あなたは必ず泳ぎ切ることができます。

そして明日はもっと上手に泳ぐことが出来るのです。

神の最善がなされることを信じて、今日の一歩を進み出して参りましょう。

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2017.07.29

今日のみ言葉【No.1578】(2017年 7月29日)「 忠犬ハチ公の愛」

しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。
(創世記2:17)

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渋谷駅のハチ公像前は待ち合わせ場所の定番です。

「忠犬ハチ公」の話が人々の心を打つのは、飼い主の死後10年間、ハチが朝夕渋谷駅に迎えに行った忠実さにあります。

神が人間をエデンの園に住まわせ、その管理を委ねた時に求められたのはこの忠実さです。

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エデンの園で神は人間に祝福と自由を与えられ、この楽園の維持管理を任されました。

誰かに何かをまかせるのは、その人の中に「そう出来る」という能力があり、信頼に応えてくれると見込んだからです。

管理する能力がなく、信頼しても裏切られるだろうな、という人にはそもそもそんな話を持ち込むことさえしません。

さて、任されるということは、そこに責任が生じます。

神の御心に対して正しく応答しなければならないのです。

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エデンの園では一見何でも自由であるように見えますが、神は一つのことを「お願い」や「要求」以上の「命令」として下されました。

「主なる神はその人に命じて言われた」
(創世記2:16)

それはどんな命令かというと、園のどの木からでも自由に食べてよいが、ただ1つの木からだけは取って食べてはならないという制限でした。

「しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない」
(創世記2:17)

神は人間の自由に制限を設けられたのです。

この命令に従うかどうか人間はテストされたと言ってもよいでしょう。

しかもこの命令には人の生死がかかっているという重大なものでした。

「それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。
(創世記2:17)

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エデンの園で人間が享受していたのは、どんなことも「なるほどそういうことか」と納得できる祝福でした。

人はすべてのものがハーモニーを奏でる世界の中に生かされていたのです。

そしてこの楽園の維持は、人間が神の命令に服するか、あるいは不服従を選択して生きるかのどちらかにかかっていました。

続く創世記第3章の悲劇的内容を理解するためには、今日の聖句が重要なポイントとなります。

人間は神に愛されていることに対してどう生きるか、その責任を問われる存在なのです。

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ハチ公を世に知らせた斎藤弘吉氏は、意外なことに

「ハチの心を考えると恩を忘れない、恩にむくいるなどという気持ちは少しもあったとは思えません」

と語っています。

「渋谷駅を離れなかったのは、心から可愛がってくれた到底忘れることのできない博士に会いたかったのである。ハチ公の本当の気持ちは、大好きな博士にとびつき自分の顔を思いきりおしつけて、尾をふりたかったのである」
http://www.en.a.u-tokyo.ac.jp/hachi_ueno_hp/hp/prospectus.htm 「東大ハチ公物語」より)

生後50日で秋田県から上野英三郎博士のもとに連れて来られたハチは身体が弱かったといいます。

そのハチを、上野博士は自分のベッドの下に寝かせ、細やかな心配りをして大事に育て、愛し、東京大学や渋谷駅にいつも送り迎えさせていたのです。

この主人に愛されたハチ公の愛の表現が、死ぬまで渋谷駅に通った行動となったのでしょう。

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神の愛にふれた記憶があなたの応答として現れます。

今日も神の愛に浸る一日として生きて参りましょう。

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2017.07.28

今日のみ言葉【No.1577】(2017年 7月28日)「 人生の基本姿勢」

主なる神は東のかた、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれた。また主なる神は、見て美しく、食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた。
(創世記2:8〜9)

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エデンの園で人間は精神的にも肉体的にも最高の環境に置かれました。

彼はまず自分の造り主の存在を知っています。

自分は神から愛されていることがわかり、神と共に生きることに幸福感を感じる状態にいます。

また、自分を嫌いになることはありません。

この自分は神が造った最高の作品である、と自分を受け入れ、愛して生きています。

このような人間同士が結ぶ人間関係ももちろん良好です。

他者との間に何の問題もなく、お互いがお互いを助け、愛し、良い人間関係をさらに強くしていきます。

人が協力しあって生活環境を更に良いものへと進めていきますので、自然環境が人間に害を及ぼすことはありません。

エデンの園で人間は何もかも調和のとれた世界で過ごしていたのです。

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このような世界は夢物語だと考えてはいけません。

本当はこれがあるべき姿であり、人間が味わう「標準」だと考えるべきなのです。

アンデルセンの童話「みにくいアヒルの子」のように美しい白鳥の姿で生きることが当然なのです。

ただしこの「標準」は創世記第2章までの段階でのことで、第3章に見る人間の不従順から生じた罪の結果により大きく損なわれて現在の状況になっています。

神学的用語ではこれを「堕落」と言いますが、英語では単純に「fall(落ちる)」です。

あるべき位置から人間は落ちてしまい、今は非常に低い状態にあるというのが聖書が人間を見る見方です。

ですから、救いとは「回復」です。

行ったこともない高い目標に向かって登るのではなく、元いたあの場所に戻ること。

本来人間として当然いるべき位置に戻ること。

それが「救われた」ということなのです。

自分はみにくいアヒルの子なのだという誤ったセルフイメージを持っていた今までの生き方から、自分は白鳥の子なのだという本来の正しいイメージで自分を見ること。

この基本姿勢を知っていることが人生を祝福に導いていきます。

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この御言葉メールを読んでいらっしゃるKさんから感想のメールをいただきました。

「今朝の先生のメッセージを通しセルフイメージがかなりの勢いで上昇することができました。何度も読み返しております!」

様々なことで心くじける時、私たちは人に慰めを求めますが、必ずしも人は私たちに心地よい返答をしてくれるわけではないので、逆に心が沈み、しおれてしまうことがあるものです。

どうやらKさんはそのような状況だったようです。

そこに神の御言葉の力が働き、心の状態が上昇したので感謝だというありがたいお励ましのメールでした。

これに対して私は、

「上昇というより、あるべきいつもの場所に戻ったのではないでしょうか?」

と返信しました。

Kさんはすぐにお分かりになったようです。

「あるべきいつものの位置に戻った。上がった、下がったではないのですね!」

本来の「白鳥である自分」を知っていらっしゃるので、その位置に帰ってくれば十分なのです。

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エデンの園という基本姿勢に常に立ち返る人生を歩んで参りましょう。

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2017.07.27

今日のみ言葉【No.1576】(2017年 7月27日)「 あなたのエデンの園」

主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。
(創世記2:15)

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「ガーデニングをするとやみつきになるなあ」というのが私の感想です。

ある年はキュウリがならずに枯れてしまったり、トウモロコシに虫がついて大変な目にあったりしました。

しかしそれでもやめずに次の年も続けられたのは、収穫の喜びがあったからです。

春に畑を耕し、肥料を施し、苗を植え、水を与え、日当たりを加減し、雑草を取り…。

その苦労が報われて、今年はプチトマトに続いて、カボチャ、キュウリ、ナスの収穫を得ました。

神がエデンの園で人間に味わわせようとした祝福とは、きっとこのようなものだったに違いないと思わせられる時でした。

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創造について記されている箇所を読むと、神が人間にあらゆる善きものを贈り物として与えたことがわかります。

そして、人間はそれらを管理するように召されていると語っているのが今日の聖句です。

「主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた」
(創世記2:15)

エデンの園というこれ以上ないほどの理想的環境の中に置かれた人間は、

「これを耕させ、これを守らせられた」

とあるように、この世界の運営と管理を神から任されたのです。

この点で、私たちが地球環境に関心を寄せ、より良いものにしようと維持し、改善の努力を重ねることは神の御心に沿っています。

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ところで、エデンの園の管理は義務だったのでしょうか?

あるいは「給料を先に払っているのだからその分働いてもらわないと…」という強制労働だったのでしょうか?

いいえ、神はご自分が造られた祝福に人間も共にあずからせようとされたのです。

創造されたものを正しく管理する時、人は神が意図された通りの幸福感を持つのです。

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まず1本の雑草を抜くところから、あなたのエデンの園は顔を見せてくれます。

今日を神の創造の素晴らしさを共有するスタートの日として参りましょう。

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2017.07.26

今日のみ言葉【No.1575】(2017年 7月26日)「 神の言葉と共に生きる」

神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。
(創世記1:27)

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2017年7月22日放送のNHKスペシャル「AIに聞いてみたどうすんのよ!?ニッポン」で出た結果が話題を呼んでいます。

日本社会が抱える難問にAI(人工知能)が出した答が、少子高齢化などというありきたりの答ではなかったからです。

特に「冷酷だ…」「ショッキング!」と悲鳴を上げさせた突拍子もないブッ飛び解答は

「40代ひとり暮らしが日本を滅ぼす」

です。

その内容の詳細や正誤はNHKの番組を見て判断していただくことにして、これからの時代、人工知能AIの意見を参考にしてAIと共に人類が生きていくことになるのは確実です。

AIまかせの人生とは異なり、創造主であり愛の神を信じ、神の言葉と共に生きるのがクリスチャンの人生です。

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創造主なる神は、人間を祝福してこう言われました。

「生めよ、ふえよ、地に満ちよ」
(創世記1:27)

神のみが所有しておられた創造の能力を人間にも持たせ、神はそれを結婚という制度によって維持し、創造の祝福に参加させようとされたのです。

罪が人間に入る前の段階の創世記第1章では、創造されたものは全て「はなはだ良かった」(31節)ので、子供が生まれ、家族が増えることは祝福以外の何物でもありません。

しかし、現代日本では結婚そのものにリスクを見、抵抗を感じる人々が多くなっています。

生まれてくること、この世の中で生きることに幸せを感じることができず、家族がいることによって問題を背負わされ続けてきた人にとっては、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ」という神の命令は不幸を生み出し続ける負のスパイラルとしか感じられないことでしょう。

創世記第3章以降の時代に生きる私たちにとって、この世が神に創造されたものとは言え、100%無条件に祝福として受け取れるかというと、そうではありません。

罪は神が創造されたあらゆるものに暗い影を落としているのです。

しかし、人間の感じ方とは別に、神の創造は基本的に良いものだというのが聖書の主張です。

この基本に常に立ち返り、神の愛のわざを見出そうとして生きることが、神の言葉と共に生きることなのです。

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Y子さんご一家は毎年夏に家族旅行に行かれます。

ところが、娘の花子さんがだんだん成長し、ついに今年は

「行きたくないなー。だってお父さん、『これからどうするんだ?』って聞くでしょう。あー、やだなー。でも行くか〜」

と旅行に行くのを渋っています。

Y子さんは思い切ってこのことをご主人に伝えました。

案の定、家族思いのお父さんは落胆し、「だったら旅行はやめるか」となりました。

賢いY子さんはご主人にこう言いました。

「あなた、花子は自分の進路を決めかねて悩んでいるんですよ。でも、自分でもどうしていいか分からないところに、お父さんから『どうするつもりなんだ?』と言われると、何か詰問か尋問をされているように感じるでしょ。この間、プイと何も言わずに自分の部屋に駆け込んだのはそれなのよ」

「でもね、嫌いな人と旅行に行く人はいないでしょ。花子はお父さんのこと好きなのよ。だから『行く』って言ってるの。今回は進路のことを言うのは伏せてくれないかしら?」

Y子さんは娘の心の中の「行こう」とする気持ちをとらえて、見事に話をまとめました。

問題の中にある命の部分に目をとめ、神の御心の方向に進めていくY子さんご一家は、今年も祝福の中に包まれているようです。

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今日もあなたに与えられた神の言葉と共に生きて参りましょう。

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