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2017.11.28

今日の御言葉【お休みのお知らせ】

山形ジョイフルチャーチの丸山芳浩です。いつもみ言葉メールご愛読ありがとうございます。

誠に勝手ですが、個人的な都合と事情でしばらくお休みをいただきます。

寒い冬を迎える中、皆様どうぞご自愛下さい。

2017.11.27

今日のみ言葉【No.1657】(2017年11月27日)「 救いを得る資格のある人たち(1)」

ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天にむけようともしないで、胸を打ちながら言った、『神様、罪人のわたしをおゆるしください』と。
(ルカ18:13)

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普通の観光目的等でアメリカに渡航するには、ESTA(エスタ)という手続きをしなければなりません。

テロ対策です。

クレジットカード必須。インターネット上で数々の質問に慎重に答えて、ようやくOK。

アメリカに入国する資格を得ました。

では神の救いを得る資格のある人とはどんな人たちでしょう。

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第1番目に、人生万事順調とは言えず、神に顔を合わせられなくなった人たちです。

「人生、失敗したなあ…」と思う人こそ救い主イエスに会う資格十分の人であり、今日の聖句の取税人がまさにその人です。

彼らはイスラエルから税を徴収し、それをローマ帝国に納める役目をする人でした。

ところで、取税人たちはいくらでも不正をして私腹を肥やすことが出来ました。

なにせバックに強大なローマ帝国があるのです。

多少割増して税金を取り立てても、誰も表立っては文句を言えません。

差分は自分の懐に入れられます。

なるほど、富を蓄積し、お金持ちとして悠々と贅沢に暮らせるわけです。

しかし、ザアカイのように経済的に豊かになっても、人間関係は寒々とした中で生きる結果となります。

自分の周りに人々がいても、それはお金目当てでくっついているだけで、「金の切れ目が縁の切れ目」という諺のごとく、金の支払いがなくなれば蜘蛛の子を散らす如く去っていく人々であることがわかっています。

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本当に信頼し合える人間関係ではないこと。

常に腹の探り合いをし、相手の言葉と思いは違っていることを感じつつ、知らぬ素振りをして生きる生活…。

「なぜこんなことになったのだろう?私はこんな生活を望んでいたのだろうか?どこで道を逸れたのだろう?」

今日の聖句から取税人の心の叫びが聞こえてきます。

「目を天にむけようともしないで、胸を打ちながら言った、『神様、罪人のわたしをおゆるしください』」
(ルカ18:13)

片や律法をきっちり守るパリサイ人はこう祈っています。

「神よ、わたしはほかの人たちのような貪欲な者、不正な者、姦淫をする者ではなく、また、この取税人のような人間でもないことを感謝します。わたしは一週に二度断食しており、全収入の十分の一をささげています」
(ルカ18:11-12)

まさに申し分ありません。

物質的勝利者は取税人であっても、精神的勝利者はパリサイ人なのではないでしょうか?

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神の思いは私たち人間の思いをはるかに上回っています。

イエス様はこう語られました。

「あなたがたに言っておく。神に義とされて自分の家に帰ったのは、この取税人であって、あのパリサイ人ではなかった。おおよそ、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう」
(ルカ18:14)

神の救いを得る資格のある人は、神に顔を合わせられない自分であると認める人たちです。

いつの間にか人生のレールを外れ、しかも元のレールに戻りたくても戻れない自分を嘆く時、それがイエス・キリストと最も近い時なのです。

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救いを得る資格十分な私として、今日も自分自身を生きて参りましょう。

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2017.11.25

今日のみ言葉【No.1656】(2017年11月25日)「 グルメと神の言葉」

人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである
(マタイ4:4)

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私がよく見るテレビ番組「孤独のグルメ」が何と今年の紅白歌合戦と同じ時間帯にスペシャル版が放映されることが決定しました。

豪華なお店でなく、市井のお店の逸品をオッサンが食べる心理描写だけの内容なのですが、魅力があるのです。

しかし、食が保証されている時代であっても、2016年の警視庁の統計によると、自分の命を断つ人々は2万人以上います。

食べられるだけでは人は心満たされないのです。

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人は神とつながって生きる。

これが神の答です。

そして、そのことをこれほど印象的に表したキリストの言葉は他に見当たりません。

「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである」
(マタイ4:4)

サタンは物を集めることが幸福なのだと教え、そのためには神を利用せよ、自分の欲求を第一にせよ、と声高く叫びます。

しかし、神を忘れてはならないのです。

神の言葉を心に宿し、御国を求める生活が、生活の糧を自然に備えていただける人生となってあなたの後に残るのです。

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「孤独のグルメ」漫画版の第1話は、東京山谷の食堂が舞台です。

山谷は労務者の町として昔から有名ですが、そこに潜入した牧師の話です。

真実に人に伝道するには、社会の最底辺の人々と生活を共にし、その心を知らねばならぬ。

気高い理想を持って彼は一介の日雇い労務者を装って町に入りました。

噂によると、中には東大出のインテリもいるらしいとか…。

牧師はしばらくは静かにし、いよいよ様子がわかってきた頃、お昼に一緒に弁当を食べているオッサンにこう言ってみました。

「オヤジ、人はパンだけで生きるものではないってわかるか?」

するとそのオッサンは「そのとおりだ」と言います。

牧師は「あ、やっぱりいた!しかも私の隣に!」と緊張しました。

するとそのオッサンは

「パンだけではダメだな。ジャムも必要だ」

その瞬間、牧師の緊張は一挙に解けて、しばし虚脱状態。

そして、

「なあんだ、こんな人たちと私は一緒にいたのか」

という軽蔑の思いが湧いてきて、さらに次の瞬間、

「何と自分は傲慢で人を見下していたのか」

という思いに打たれました。

バカにされまいとして肩肘張って生きてきた窮屈な今までの人生がはっきりと見えてきたのです。

「だから私は伝道がうまく行かなかったのだ。聖書の言葉や神学理論を自分の身を守る鎧兜にして、人を寄せ付けようとしなかった。それが自分の弱さだった」

と気づいた彼は、それからしばらくの間、山谷の労働者と一緒に汗にまみれて働きました。

プライドも何もかもすっかり落ちて、ありのままの自分を愛してくれる神と結びついた彼は、故郷の教会に戻り、新たな伝道生涯をいきいきと生きておられます。

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神と結びつく今日の一日として、あなたのありのままの一歩を刻んでいきましょう。

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※御言葉メールをまとめた書籍『365日 生きていていい!』(税込1500円)は好評発売中です。

ご希望の方は、米沢興譲教会テープ伝道委員会までお問い合わせください。

メール:tapeinfo@kojochurch.com
電 話:0238-23-6439
FAX:0238-23-6440

2017.11.24

今日のみ言葉【No.1655】(2017年11月24日)「 外からの力を求める」

人を生かすものは霊であって、肉はなんの役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、また命である。
(ヨハネ6:63)

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人間国宝の落語家、柳家小三治さんが「からだが思うように動かない」というので検査し、頚椎の手術をすることになりました。

さて高座ではそれとは別に

「今年に入ってからか。頭がおかしくなる、アルツハイマー」

だと自分で認知症の疑いがあると言い出し、聴衆はギョッとしました。

しかしさすがに落語の名人。

「いっぱいいるんだって世間に。だいたいこんな時間(午後4時)にこんな大勢、寄席にいるなんて、まともな人じゃ来ない」
(http://www.sanspo.com/geino/news/20170808/geo17080805010012-n1.html)

と満員の観客を笑いの渦に巻き込みました。

小三治さんはアルツハイマーではなく、年齢による物忘れの症状が出てきているので、その治療をしているのが本当なのだそうです。

自分で自分のことを「ちょっと最近おかしいなあ」と感じられる人は幸いです。

風邪をこじらせて肺炎になるケースもありますが、そのような重大な事態になる前に治療できるからです。

イエス様も霊の健康の面でしっかりとそのことを指摘しておられます。

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イエス・キリストは現実主義者ですので、この世に悪が存在し、私たちが油断してもしていなくても、常にその脅威にさらされていることを認めておられます。

「道ばたに落ちたのは、聞いたのち、信じることも救われることもないように、悪魔によってその心から御言が奪い取られる人たちのことである」
(ルカ8:12)

弟子たちもその危険性について警告しています。

「身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食いつくすべきものを求めて歩き回っている」
(第1ペテロ5:8)

こんな恐ろしい世界でどうやって生きたらいいのでしょう?

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ひとつは悪魔の言うことを聞き、その世界のしきたりに従うことです。

サタンはおのれに従う者に平安を与えます。

それは永続するものではなく、一時的平安なのですが、サタンが治める地上の世界にはその世界なりの秩序がありますので保てるのです。

映画『沈黙 -サイレンス-』でスコセッシ監督は、浅野忠信演ずる通訳の侍がロドリゴ神父に「転ぶ」よう説得するシーンでそれを描いています。

「なぜお前はこの国の平和を乱すようなことをするのか?」

その説得は理詰めでかなり強力なメッセージです。

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イエス・キリストが勧める神の方法は、人間には肉の弱さがあるのだから、それを認めて、外からの力を求めることです。

「いつもの場所に着いてから、彼らに言われた、『誘惑に陥らないように祈りなさい』」
(ルカ22:40)

祈りは硬い岩盤に手作業で小さい穴を開ける作業のようなものです。

そんなことで大きく硬い岩が砕かれるはずがありません。

しかしその小さい穴を、長く奥深くまで届くように時間をかけて地道な祈りを続けていくとどうなるのでしょうか?

やがて時至り、一番奥に神のダイナマイトが仕掛けられ、巨大な岩盤が一瞬にして粉々に砕け散るのです。

「そこで、あなたがたに言うが、なんでも祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになるであろう」
(マルコ11:24)

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ただし、あなたという器に天上からの恵みの水が滴り落ちても、祝福に満たされないことがあります。

私たちの心にはあちこち「この世の心遣い」という穴が開いているものです。

「また、いばらの中にまかれたものとは、御言を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとが御言をふさぐので、実を結ばなくなる人のことである」
(マタイ13:22)

自分の「穴」をはっきりと認め、これは「問題」だときちんと見ることが必要です。

いつの間にか出来ているセーターの毛玉を一つ一つ切り取っていくように、これは一生続く作業です。

しかしそれを怠り、この世とどっぷりの生活をしていると、からだと魂の両方共破滅に向かうのです。

「人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか」
(マルコ8:36)

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人を生かす霊の言葉である聖書の御言葉にどっぷりと浸る今日として参りましょう。

「人を生かすものは霊であって、肉はなんの役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、また命である」
(ヨハネ6:63)

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2017.11.22

今日のみ言葉【No.1654】(2017年11月22日)「 キリストの笑顔」

わたしがこれらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにも宿るため、また、あなたがたの喜びが満ちあふれるためである。
(ヨハネ15:11)

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「7は9より強い」

これは有名な英語のジョークです。

何のことかわからないので、「なぜだ?」と尋ねると、相手はしたり顔で

「7、8、9」

と数え出します。

全くわからないので、もう一度「なぜ7は9より強いんだ?」と迫ると、相手はゆっくりこう言います。

「セブン、エイト、ナイン」

「seven eight nine」

「seven ATE nine!」

8(エイト)はate(eat「食べる」の過去形)と発音が同じなので

「7は9を食べたから」

というのがオチとなります。

クスリとでも笑っていただけましたか?

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不思議なことにイエス・キリストを描いた聖画には「笑顔のキリスト」はありません。

私の知る限り、喜び笑うキリストの絵は20世紀終盤になってからようやく現れます。

それだけキリストの十字架の苦しみが強調されていたのでしょうし、聖なる礼拝堂の中に飾る絵としては取り上げられなかったのでしょう。

しかし間違いなくイエス・キリストは笑いました。

カナの婚宴に招かれたキリストがずっと仏頂面でいたはずがありません。

ザアカイが自分の罪を悔い改めたのは

「ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」
(ルカ19:5)

というイエス・キリストの言葉を聞いたからです。

その時のイエス様の顔が、犯罪を取り締まる警察官のような厳しい顔だったら、果たしてザアカイは木から下りて来られたでしょうか?

イエス・キリストは彼に笑顔を向けていたに違いありません。

心に傷がある人は自分が相手に受け入れられているかどうかに敏感です。

イエス様のまわりに罪人が大勢やってきたのも、彼らが来るのを喜ぶイエス様の笑顔があったからです。

「多くの取税人や罪人たちも、イエスや弟子たちと共にその席に着いていた。こんな人たちが大ぜいいて、イエスに従ってきたのである」
(マルコ2:15)

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今日あなたがどんな状態でも、キリストは笑顔を向け、あなたが来るのを待っておられます。

そして、弟子たちに

「わたしがこれらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにも宿るため、また、あなたがたの喜びが満ちあふれるためである」
(ヨハネ15:11)

と語ったように、同じ喜びをあなたが味わうように今日を導いてくださるのです。

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神が与える喜びが今日も用意されています。

まず一歩を踏み出し、あなたと歩調を合わせてくださるイエス様と共に歩みだして参りましょう。

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