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2018.07.31

今日のみ言葉【夏休みのお知らせ】

山形ジョイフルチャーチの丸山芳浩です。いつもみ言葉メールご愛読ありがとうございます。

さて、明日8月1日(水)から8月21日(火)までの3週間、夏休みをいただきます。8月22日(水)から再開する予定です。

猛暑の夏、皆様どうぞご自愛下さい。

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今日のみ言葉【No.1815】(2018年 7月31日)「 信仰と家族(2)」

神のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである
(マルコ3:35)

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この世で最も強い関係は血縁関係です。

たとえ何十年も前に離婚した親であっても、また、長年行方不明であった兄弟であったとしても、

「○○さんという人が生活保護を受けて入院しています。あなたは××(血縁)に当たるので援助をお願いします」

等の連絡が行政側から来たという実話はよく聞きます。

現代日本では家族崩壊などと叫ばれていますが、崩壊するはずのない強いものだからニュースとなるのでしょう。

イエス・キリストは家族関係に光を当てられました。

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マルコによる福音書第3章31節〜35節の記事で、イエス様は肉親などどうでもよいと家族関係を一切断ち切って行動し始めた…、のではありません。

むしろ、

「神のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである」
(マルコ3:35)

という新しい家族関係を示して下さいました。

それまでの秩序は血縁関係によって維持されてきましたが、イエス・キリストがもたらす神の国では、それは霊的関係です。

神のみこころを行うことによる霊の力によって神の家族は結ばれていきます。

血縁とは案外狭いもので、その内側では強力ですが、他者との間には見えない壁を作り出し、外から人が入れない世界を作り出します。

しかし、神の家族関係では、キリストを信じて罪の贖いを得た者同士が、すでに

「兄弟、また姉妹、また母」

となります。

つまり、キリストを中心にして生きる時、愛が制限されることなく広げられていく世界が始まったのです。

神の国実現とはこのようなことです。

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私がアメリカに行った当初、クリスチャンホームをお訪ねして時々驚くことがありました。

ご両親は白人夫婦なのに、お子さんの一人はどう見てもアジア顔なのです。

私は触れてはいけないことなのだと思いました。

「ははーん、再婚夫婦で連れ子なのかな。それにしても上の兄弟とは年が離れ過ぎてるなあ…」

などと想像しながら話を合わせていると、こちらの様子を察したのか、

「この子は養子なんだ」

と言って下さり、納得がいきました。

全く自分たちと関係がなく、もしかしたら闇から闇へ葬り去られるかもしれなかった子供を我が子として育て、一緒に教会に行っているのです。

その子が無条件に愛されている様子、屈託のない笑顔が魅力的でした。

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日本でもまだまだ少数ながら同じことをされている人々がおられます。

辻岡健象牧師は「小さないのちを守る会」を設立し、妊娠中絶を選ぼうとする母親に産むように説得し、養子縁組を望む夫婦を探し出し、赤ちゃんの命をまもっておられます。

1970年代に「赤ちゃん斡旋(あっせん)事件」の人物として医師法違反で告発された菊田昇医師は、奥様がクリスチャンで、結婚前から教会に行って、キリスト教の話は聞いていました。

しかし、産婦人科医院の開業後は中絶依頼に対応せざるを得なくなり、やむを得ない状況にあったとしても、自分の手で命を葬り去ることに葛藤が生じたそうです。

それが、公にしないままで赤ちゃんを斡旋するという、医師として人間としてギリギリの行為となって現れたのでしょう。

神は彼を見捨てはしませんでした。

菊田医師は辻岡牧師との出会いを通してクリスチャンとなりました。

その働きによって、養子を戸籍上、実子と同様に記載する特別養子縁組制度の法案が満場一致で可決され、人工妊娠中絶の法律規定も変更されるようになりました。

神は神の家族を広める働きをする者を、助け、導いて下さるのです。

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新たな神の家族関係に目を向け、みこころを行う者の一人に加えていただく今日として参りましょう。

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2018.07.30

今日のみ言葉【No.1814】(2018年 7月30日)「 人間(2)」

わたしは自分のしていることが、わからない。なぜなら、わたしは自分の欲する事は行わず、かえって自分の憎む事をしているからである。
(ローマ7:15)

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「私は正直者である」

こう言ってみて、嘘くささを感じ、思わず笑い顔を浮かべてしまう人は精神的に健康です。

時と場合によっては嘘をつく自分を知っており、その自分も私だと受容しているからです。

ところが、

「私は正直者でなければならない」

となると俄然状況が変わります。

嘘をつかない正直者の自分という堅固な枠でガシッと固められますので、その反対の弱い自分が行き場を失います。

一片の嘘も存在が許されませんので、あってはならない自分は抹殺されそうになります。

そこで陰の自分は身体症状という形でその存在をアピールします。

それが「うつ病」となって現れるのです。

ですから、「うつ抜け」するための重要なポイントは

「枠にはまった自分も自分、枠から外れている自分も自分」

「頑張っていても良し、頑張らずにいても良し」

と、両極端の自分の存在を認めることです。

これを「自己受容」と言います。

人間とは矛盾した存在である、と認めることが現実的な生き方のスタートラインです。

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精神医学的にはそうであるとして、さて、聖書では人間をどう見ているのでしょうか。

神の似姿の通りに生きる時、私たちは人間らしく生きていると感じます。

しかし、現実の人間の姿は矛盾と不安に満ちたものです。

パウロは自分こそそのような存在であることをローマ人への手紙の中で赤裸々に語っています。

「わたしは自分のしていることが、わからない。なぜなら、わたしは自分の欲する事は行わず、かえって自分の憎む事をしているからである」
(ローマ7:15)

私たちの肉体は弱く、神の存在を否定している魂は簡単に悪魔の誘惑に乗ってしまいます。

「欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生み出す」
(ヤコブの手紙1:15)

パウロは自分が善い事をしようとしても、それができない苦悩の中にいました。

「なぜなら、善をしようとする意志は、自分にあるが、それをする力がないからである」
(ローマ7:18)

カウンセラーなら、

「それがあなたそのものなのだから、そのような自分を認め、自分をまるごと受け入れなさい」

と言うかもしれません。

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しかし、聖書が知らせる神の解決方法はもっと本格的、徹底的なものです。

「自分の欲する事は行わず、かえって自分の憎む事をしている」
(ローマ7:15)

というのは罪のゆえであると聖書は主張します。

それは人間が神から離れ、その関係が本来あるべきものから切れてしまったことを意味します。

ラジオが電波を正しくキャッチしないと雑音ばかりが出てくるように、良かれと思ってやったことが失敗と不評というガラクタばかりの結果となっているのです。

神はこの罪を根本的に解決なさいました。それがイエス・キリストの十字架です。

神は全人類の罪の身代わりとして、ご自身のひとり子のキリストを十字架につけ、キリストは3日後に死からよみがえられ、その犠牲の死が神の基準を十分満たしたことを証明なさいました。

ですから、イエス・キリストの十字架が自分の罪の身代わりのためであったと信じるなら、その人は救われているのです。

このようにして、罪ある自分が完全にゆるされているという恵みの解放感の中で、善いことをしようと思っても出来ない自分を受け入れ、愛していくことができるようになっていきます。

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完全な自己受容は、キリストの十字架を信じるその基盤の上にのみ成り立ちます。

できない自分ができるようになってもいい、できなくてもいい。

この恵みの中を生きる今日として参りましょう。

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※御言葉メールのスケジュールは、
 ・月曜と木曜…初級(入門講座)
 ・火曜と金曜…中級(マルコ福音書講解)
 ・水曜と土曜…上級(信仰生活の訓練)
となっております。

2018.07.28

今日のみ言葉【No.1813】(2018年 7月28日)「 神の祝福を受けるための訓練『しもべとなる』(4)」

わたしは高く、聖なる所に住み、また心砕けて、へりくだる者と共に住み、へりくだる者の霊をいかし、砕ける者の心をいかす。
(イザヤ57:15)

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スズメはスズメと、ハトはハトと、カラスはカラスと共に群れをなして飛びます。

スズメとハトとカラスが一緒に東の空を飛んでいったなどという情景は見たことがありません。

世の中は同じもの同士が集まるようにできています。

しもべとなる志を持った者はどこかで必ず出会い、絆を深めるようになるのです。

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しもべとなることはとても大変なことだとずっと述べてきましたが、しもべとなる祝福も当然あります。

先ほどのスズメとハトとカラスの例のように、同質のものは集まります。

あえてしもべとなる人とは、自ら身を低くする謙遜な人です。

従って、あなたがしもべとして生きる時、自分の周りに謙遜な人たちが集まっていることに気づくことでしょう。

これは極めて上質な人間関係です。

物の豊かさにまさる幸福がここにあります。

「へりくだった心をもって互に人を自分よりすぐれた者としなさい」
(ピリピ2:3)

互いに相手のしもべとなり、仕え合い、他者を自分よりも尊いものとする人間関係の中で、人は自分を価値ある存在として認めることができるようになり、自信を持って生きるようになるのです。

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さて、人が自信を得るには自力と他力の2種類の方法があります。

自力とは、自分で自分を評価し、

「今までに比べれば、よくやった方じゃないか」

と自分を励ましていくやり方です。

これは訓練しないとできません。

ですから、普通、人は他力の方法を取ります。

人に認めてもらい、ほめてもらって自信を得るやり方です。

他「今までに比べれば、よくやった方じゃないか」

自「えー、そうかなあ」

他「本当だよ。自信持っていいよ」

自「そうですか、信じていいのかな〜。でも、ありがとうございます!」

他「大丈夫。この調子で行ったらぐんぐん伸びるよ」

と、まあ、このような感じです。

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他力の方法にも2種類あります。陽性と陰性です。

陽性とは努力してプラスの成果を上げ、それでもってほめてもらおうとするやり方です。

お手伝いをする、勉強して良い成績を取る、人に親切をしてあげる等々。

ところが、陽性のやり方を選ぶ人は多くありません。

頑張らなければなりませんし、認めてもらえるほどの成果を上げるまでには時間がかかるからです。

一方、陰性の方は、ガリッと相手をひっかくので反応が瞬時に得られ、さほど努力を必要としない手軽さがあるので、多くの人がこちらの方に傾きます。

陰性のやり方とは

「私ってダメでしょう?」

というアピールをすることです。

そうやって人の同情や憐れみを求めます。

自「私ってダメでしょう?」

他「そんなことないよ。今までに比べれば、よくやった方じゃないか」

自「いや、あなたは私の本当のことを知らないから…」

他「とんでもない。あなたに比べたら私なんか楽している方で、ずいぶん努力しているじゃないですか」

というような感じで、謙遜に仕えてくれる「しもべ」となってくれる人に群がり、甘い蜜を吸おうとします。

自分はこの領域にいるなあ、と感じる人は、自分はまだまだ赤ちゃんなのだということを認め、背伸びをせず、授乳してもらうことに罪悪感を抱かないことです。

しかし、どこかで、不完全でもいいですから「しもべ」として生きようとするスピリットを持ち続けることです。

そうすることによって「しもべ」同士のつながりは切れません。

将来必ず自立し、他者の下となって仕えるしもべとして生きることができるようになります。

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謙遜なクリスチャン夫婦がいました。

奥様の謙遜は本物ですが、ご主人の謙遜は実は自信の無さの表れです。

世間は見ているもので、

「あそこは奥さんでもってるようなものだ」

という声がどこからか聞こえてきて、ご主人の耳に入ります。

彼はますます自信を失います。

そしてとうとうある日、奥様に対して他力陰性の言葉が出てきました。

「天国の門は狭い門なんだって。だから天国に入る時、長い行列ができるんだってさ。君は謙遜だから行列のずっと前の方にいて、先に天国に入るんだろうなあ。僕は謙遜のふりをした傲慢だから列のはるか後ろの方で待ってなきゃいけないんだよ」

いかにも謙遜のふりをして、相手の後ろからガリッとひっかくような言い方です。

奥様はご主人の目を見つめて、しばらく何も言わず、そしてニコッと微笑んだかと思うと、ギュッと彼と腕を組んで、こう言いました。

「一緒に入ろう!」

しもべとして他者に仕える生き方は、あなたもあなたの周りの人間関係も上質なものへと変えていくのです。

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しもべとなる祝福をいただく今日として参りましょう。

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2018.07.27

今日のみ言葉【No.1812】(2018年 7月27日)「 信仰と家族(1)」

すると、イエスは彼らに答えて言われた、「わたしの母、わたしの兄弟とは、だれのことか」。
(マルコ3:33)

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「急がば回れ」と「先んずれば人を制す」はどちらが正しいのでしょうか。

安全確実な回り道をしたほうが結局早いのか、何事も先手を打って出て行くのが良いのか。

ことわざや故事成句を学んでいくと、矛盾したものに出会います。

聖書にも対立するように見える箇所があります。

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マルコによる福音書第3章では、イエス様の家族が来ているので周りの人々がそれを知らせますが、

「わたしの母、わたしの兄弟とは、だれのことか」
(マルコ3:33)

と、愛のイエス様のはずが、家族を無視するかのような言動です。

そう言えば他の箇所で

「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までも捨てて、わたしのもとに来るのでなければ、わたしの弟子となることはできない」
(ルカ14:26)

とも言われていますから、キリストを信じる者は家庭や家族を無視してでも

「神様一筋」
「信仰第一」
「教会優先」

に生きなければならない…、のでしょうか?

しかし一方、こういう聖書箇所があります。

「あなたの父と母を敬え」
(出エジプト記20:12)

こちらの方がずっと古く、初期の時代の言葉ですから、基本はこれなのではないでしょうか?

父母を敬うのか、捨てるのか、矛盾です。

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この矛盾を解決し調和させる方法は、あなたが確かな命を持ち、行動して生きることです。

命がない状態を電池が切れて止まってしまった電波時計に例えてみましょう。

時計の針は10時10分を示したままで動きません。

しかし、1日に必ず2回、午前と午後、正確な時刻を示します。

つまり何もしていないと、「急がば回れ」と「先んずれば人を制す」のどちらかが正しい場合がそれぞれ人生には起こるのです。

さて、電波時計に電池が入ればどうなるでしょう。

時計は正しい時刻を発信する電波を捉えて、針を動かし、常に正しい時刻を表示するようになります。

人間も同じで、神の命に触れ、神の愛がわかるようになると動き出します。

自分を愛してくれる人を喜ばせたいという気持ちが起きます。

これが神を愛するということです。

ちょうど恋愛真っ最中の男性が、彼女とデートするためなら食事の時間をつぶしてでも会いに行き、自分の趣味など置き去りにし、時には仕事のスケジュールも動かして彼女中心に物事を運ぶように、愛は他のすべてを捨てさせるのです。

つまり、今まで最も愛で結ばれていた家族以上の愛で神を愛することが、

「父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までも捨てて」

という表現で表されているのです。

そのように神を愛し、イエス・キリストに従って行った時、人は初めて本当の意味で父母を敬い、兄弟を愛することができるようになります。

その意味での

「わたしの母、わたしの兄弟とは、だれのことか」
(マルコ3:33)

というチャレンジなのです。

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神の命を得て、神を愛する方向へ向かって歩いて参りましょう。

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